「そろそろ違うタイプのポケモンが欲しいわね」 後ろに手を組みながら、横にいるポケモンを眺め見る。 山の件で、なかなかリナと接する機会が無かったからか、その分の時間を取り戻すように寄り添うポケモン達。 マリル、イーブイ、チョンチー、メリープ。 果たしてこのメンバーで良いのだろうか。 答えは即答でNOだ。良いはずが無い。 タイプのバランスもそうだが、イーブイ以外に落ち着きのあるポケモンがいない。これは大問題だ。 「まあ、そのためにコレを作った訳だけど」 白ぼんぐりで作ったスピードボールを手で弄びながら呟く。 これはその名の通り、スピードの早いポケモンを捕まえやすくするボールだ。 一体何が違うのか、なんて当然の疑問が浮かぶが、そこまで専門的な知識がある訳でも無し、答えが降ってくる訳でも無いので考えるのを止めた。 さて、野生のポケモンは。 辺りを見渡す。現在地はウバメの森の入り口周辺。 芋虫(緑)、サナギ(緑)、芋虫(黄)、サナギ(黄)、蝙蝠、キノコ、謎の草。 (……ダメだ、こりゃ) 自分の理想的なポケモンとは程遠い。 まぁ、タイプを無視するなら条件としては最低でも、他のポケモンに惑わされる事無く、自分の力で戦えるポケモンだけだが。 人間がそうなように、ポケモンも大半が団体行動を主にしている。 リナはそれがなにより嫌いだった。 (さて、それよりも早く進むか) 微かに嫌な肌寒さを感じたが、気のせいという事にしておく。 リナの旅は目的なんて無い。 ただ早くお姉ちゃんのもとに戻れるようにジョウトを一回りする。 それだけの旅。 ゴールドみたいに誰かさんを追う事もしないし、姉みたいに沢山のポケモンに会いたい訳でも無いし、ジムを回ろうとも思わない。 姉は忘れがたい旅路≠ノなると良いだなんて言ったが、きっと忘却の旅路≠ノなるだろう。 記憶の片隅にも残らない。 『 ……否、少し位は記憶に残るかもしれない。多分。きっと。恐らく。 (……ん?) ブブブブ、という羽音と視界にちらつく赤に、そちらを見ようとしたら凄いスピードで迫りくる。 一瞬、目を見張ったが、冷静に身を少しずらした。 スピードが速い事の唯一の弱点は、方向転換や停止が出来ない事だ。 しかし、虫ポケモンのようだったが、凄く興味を惹かれる。 もう少しの所で木々に体を打ち付ける所だったそのポケモンを見ると、五つ星の背中の模様に二本の触角、六本の手足。 見事に姉が気絶しそうなフォルムだ。 「レディバ、か。……ん? レディバって確か、『群れを作らないと不安で動けなくなるほど臆病だが仲間がいると活発に動く』ってポケモンじゃなかったっけ」 オーキドの博士が間違った事を書いていないのだとすれば、ポケモンは一概に同じ事をする訳では無いようだ。 ポケモン各々に、特性≠竍性格≠ェあって、個性がある。そういう事らしい。 リナは口元に弧を描いた。 「なら、尚更面白いじゃない」 スピードが速くて、電気ポケモンでもなく、自分一匹で戦う事の出来るポケモン。 まさしく今求めているタイプだった。 「相手は虫タイプ。クレールかヴェルテで……」 そう言った瞬間に、二匹の顔つきが変わった。 そして自分が行くと言わんばかりに、どちらも鳴き声をあげ、譲らなかった。 困った。このタイミングで喧嘩なんて相手にとって嬉しい隙を作っている事になる。 「どっちでも良いから早く!」 しかし、勿論どちらも簡単には譲らない。 これには深く溜め息を吐く事しか出来なかった。 「ええい! しょうがない! クレール、スパーク=I ヴェルテ、電気ショック=I」 争っていた二匹は、ご主人からの命令にピクリと素早く反応した。 二方向から繰り出される電気技。 小さい二匹の電気技は、一匹ではとても小さいが、二匹でなら立派な電気技だった。 「 だが、それをなんなく避け、自分に向かって体当たり≠してきた。 (コイツ……さっきからわたしを狙ってる?) 別にその事は珍しくは無いが、少し面倒臭い。 そう、本当に面倒臭いだけだ。 リナはポケモンの動きを俊敏に捉え、見事なフットワークで避けていく。 流石のレディバも驚いたように、動きを止める。 「今よ! クレール、ヴェルテ!」 先程と同じように攻撃を放つ。 しかし、レディバの素早さは劣らず、突然の攻撃にも対応してみせた。 しかも避けられた事により、お互いの攻撃はお互いに降り注ぐ。 チョンチーは無傷だが、メリープは少しばかり負傷してしまった。 自分が攻撃されただけでなく、相手が無傷なのが気に入らないのか、メリープはチョンチーに食ってかかった。 「アンタ等ねぇ……」 もう呆れるしか無いリナ。 元々、二匹の仲は最悪だった。 恐らくリナが思うに、同じ電気タイプなので互いに対抗心があるのだろう。 まぁ、ただ単に相性が酷く悪かっただけかも知れないが。 「……!」 チラリとレディバの様子を見れば、馬鹿にしたように『リナ』を見ていた。 (コイツ……!『わたし』を試してる……!?) そう気付いた時、カッと顔が熱くなり苛立ちが最高潮に達した。 「嘗めんなああああ!!!」 いつも冷静沈着でクールなリナが物凄い形相で、レディバに向かっていく。 ぎょっとしたのはレディバだけでは無い。外でリナを見ていたポケモン達皆だ。 リナはボールをレディバに向かって投げた。 それはかなりの早さで、メジャーリーガー顔負けの投球だった。 しかし羽根のあるレディバはそれすらもなんなくかわして見せた。 レディバの表情は余裕に満ちていて、嬉々として微笑んでいるのが分かる。 だが、それがレディバのツメの甘さ。 「本物のボールはこっちよ」 その声を聞いた瞬間に、レディバが振り向けば、すぐ傍までボールが飛んできていた。 流石のレディバも避ける暇無く、五つ星の真ん中にボールがヒットし、ボールは地へと落ちた。 「わたしを試すなんて一万年早いのよ」 そう言って髪を掻き上げた。少々、ポケモン相手に熱くなり過ぎたかもしれない。 「スピードボールがこんなに早く役立つとはね」 静かに地の上に転がる自作のスピードボールを拾い上げる。 そして思う。やはり自分は天才だ、と。 スピードボールは職人魂とやらが無くたって、こうしてちゃんと機能した。 つまりは成功なのだ。 ニヤニヤとしてしまう口をどうにか抑え、また一段と自信家になったリナはボールからレディバを出した。 「どう? わたしは、天才なのよ」 にっ、と笑うとレディバは認めたようにリナに対してうなずく。 これは認める他無いと思った。普通の人間に無い物を、彼女は持っていた。 今までレディバはずっと一人でこのウバメの森にいた。 普通のレディバは、団体行動が普通で、いやむしろ団体行動じゃなければ生きられないポケモンだ。 だがこのレディバは団体行動を嫌った。 なぜなら、自分は他のポケモンより勝った存在だから。いや、それだけじゃない。 人間にだって勝っている。 人間は『普通のレディバ』として自分を見た上で、勝負をしてくる。 しかし自分は『普通のレディバ』なんかじゃないのだから、負けるはずが無かった。 案の定、勝負を仕掛けてきた奴等は、『普通のレディバ』でない事に気付き、勝負を諦めた。 これまで、仲間のレディバにも、勿論捕まえられた事が無いのだから人間にも負ける事は無かった。 だから、退屈しのぎに仲間の元を離れ、ウバメの森に来たのだ。 まぁ、ウバメの森も全くと言って良い位に手緩かったが。 だがしかしこの蜜柑色の髪を持つ彼女はどうだろう。 見事、役立たずに近いポケモン達に頼らず、己の力で自分に勝ってみせた。 確かに悔しく感じもしたが、それよりもこの少女と共に戦いたいと感じたのだ。 暇を持て余していた自分を、きっと楽しませてくれる。期待に心を踊った。 「アンタの名前は……そうね、ちょっと位は骨があるから、力強いって意味でエネル=I」 御決まりの音楽用語からとった名前だが、レディバにはさっぱりだった。 ただ、凄く強そうな名前だと思い、嬉しそうに目を細めて羽根を動かして見せた。 「よろしく、エネル」 彼女から淡く微笑まれた瞬間に、嗚呼、自分に仲間が出来たんだと思った。 そして それが恋かは分からないが、一生着いていくと誓う位には彼女を好きになっていた。 # # # 「で、結局こうなるのね……」 ハァ、と溜め息を一つ吐いた。 捕まえた時は、大人しくて賢そうで、凄く良い感じだった。 それなのに結局自分に何故かなつき、すりよってきた。 しかもそれが他のポケモン達の火を点けてしまったりして、さぁ大変。 (わたし、別になつかれるような事してないんだけど) 今思えば、家のポケモンにも思いきりなつかれていた。 姉の方がなつかれているから、あまり意識していなかったが。 (……ま、いっか) そんなに深く考える事も無いか、と考える事を止めた。 現に今、なつかれてしまい迷惑がかかっているのだから。 さて、と。リナは喧嘩真っ最中のポケモン達を置いていくようにウバメの森の奥へとズンズン歩いていく。 そうすると必然的にポケモン達は喧嘩を止めてリナの後を必死に追った。 ぞろぞろと五匹のちびっこは幸せそうに御主人様の大好きな背中を見詰めて歩く。 しかし御主人様が止まった為に、五匹は縦にドミノ倒し宜しく倒れた。 なんだなんだとちびっこ達は御主人様の様子を伺う為に見上げると、そこにはいつもの御主人様らしくない姿があった。 いつもはどんな事があっても、余裕綽々な顔をしているのが、今は恐怖で顔を真っ青にし、冷や汗をかいている。 (何……なんなの、この感覚ッ……) ざわざわと体全体がざわめく感覚。 寒気にも似た悪寒。 脳裏に浮かぶ、記憶の断片。 感じた事のあるような、ないような曖昧な感覚。 これ見よがしに出てきた霧に、嫌な肌寒さは増していく。 そして気配の方向を勢い良く振り向く。 するとそこには白い髪をポニーテールのようにして、マントを羽織っている仮面の男がリナの目の前に立っていた。 『久し振りだな、リナ』 変声器で声を変えてあるのか、籠った声で喋る。 リナは仮面の男を見た瞬間に、今まで忘れてた事を全て思い出した。 そうだ。わたしは、この仮面の男に利用されていたのだ 孤高は本日限り (嗚呼、やっぱり) (この時が来たか) 131128 ←|→ [ back ] |