無理矢理手を引っ張り、岩に座らせる。 リナはしゃがみ、目の前にある足を掴む。 「いってえ!! もうちょい優しく 「わたしを庇うからよ」 「だから、それは」 「……あ、りがと」 「……!」 消え失せそうな位に小さな声で呟くと、ゴールドは驚いたように目を見開く。 その後に、にやにやとした顔になった。 「あ〜ん? なんだって? 聞こえねーな?」 「ッ! 調子乗んな!」 カァァァ、と顔を赤くし、思いきり足を握った。 「っ……いってええええ!!」 フンッ、と鼻を鳴らしながらシュルリと髪を縛っていたリボンを取る。 すると、蜜柑色の艶やかな髪がふぁさあ、と肩に零れ落ちた。 そして取ったリボンを迷い無くゴールドの負傷した足に巻き付ける。 「おま……それ大切なモンなんじゃ」 それはあの初めて会った夜で、ヤミカラスに取られていたリボンを、取り返した時に愛しそうに見つめていた時に分かった。 「コレは違うわ。大切なお姉ちゃんから貰ったリボンは鞄の中」 「お姉ちゃんから貰ったリボンだったのか、アレ。つかそれは違うのかよ……」 「コレはただの複製品(レプリカ)。この前雷雨だったでしょ? 大切なリボンを濡らしてたまりますか」 「……シスコ ぎゅううう……と無言の怒りで足を握りしめるリナは、この世の鬼を彷彿とさせた。 そんな様子を見てクスクスと笑い出す女の子。 「ラブラブなのね」 『違う!!』 # # # 山の麓(フモト)に着いた頃には辺りはとっぷりと日が沈み、ヒメグマの額のような三日月が上っていた。 「すっかり夜になっちまったな」 「疲れたわ……」 「きっと、おじいちゃんが心配してるわ。急いで帰らないと!」 そう女の子が言うと、ゴールドは罰が悪そうに焦り始めた。 ガンテツには何も言わずに危ない山に登り、勝手にポケモンを捕まえてしまったからだ。 あのガンテツの事だから、きっと本物よりも怖い雷が落ちる事だろう。 「ま、無事に帰ってこれたしな」 「うん、ちゃんと話してあやまらなきゃ」 女の子はそう言うも、そんなに怯えた様子は無かった。 きっとガンテツなら許してくれるであろうという、家族だから分かる優しさに安心しての事だろう。 三人はガンテツの家に向かうと静寂に包まれていた。 「ただいま…あれ? おじいちゃんがいないわ」 キョロキョロと中を伺うが、白髪頭の老人は居なかった。 リナはテーブルの上を見る。 テーブルの上にはキキョウ煎餅と空になった湯飲み。 「ちょっとあがるわよ」 「う、うん」 「何する気だ? お! キキョウ煎餅じゃん!」 靴を脱いで家に上がるリナをよそに、何の躊躇も無く人の家の煎餅をつまみ食いするゴールド。 後でガンテツにバレて雷が落ちても知らない。 そんな事を思いながら、キッチンに上がっている急須を見る。 中はお茶っ葉が入っているだけで、お湯は入っていない。 さて、お湯を沸かすヤカンは という事は、 「……水が出ない。ねえ、アンタんトコ断水でもしてんの?」 「え? ううん。可笑しいな、昼水を使った時は普通だったのに。ヤドンの井戸でなにかあったのかしら」 「って事は、ガンテツもそう思って井戸に向かったのかもね」 「なるほど! お姉ちゃん凄い!」 「お前は探偵かなんかか……?」 「わたし、天才だから」 「それは分かったって!」 見事なリナの推理に、女の子がより一層憧れ、ゴールドは唖然とした。 何が凄いって、着目点が普通の11歳とは違うという事だ。 ただそれを、今までの人間業とは思えない事まで全て「わたし、天才だから」で収めるのはどうかと思う。 とにもかくにも、三人はガンテツがいると思われるヤドンの井戸へと向かった。 # # # ヤドンの井戸に向かうと、やはりガンテツがなぜかハンマーを持って突っ立っていた。 なんだか心無しか衝撃を受けているようだが。 「おじいちゃーん」 遠くから駆けてくる可愛らしい孫の声に反応し、そちらの方を向く。 こんな遅くに帰ってくる孫と、その横にいる愛くるしいぬいぐるみのような見慣れぬヒメグマを見た瞬間に、何があったのか、何をしていたのか理解する。 「ばかもーん!! あれほどイカンと言うたのに、リングマの山へ行ったんやな!!」 「ごっ…ごめんなさ…」 「…ま、ええわい」 小さくなって涙を浮かべる可愛い孫の頭を優しく撫でた。 「無事でなによりじゃ。そのポケモン、大切にするんやぞ。ポケモンは恐いところもあるが、大切に育てればきっとおまえになついてくれるはずや!」 見た事も無い位(最も、リナとゴールドにとっては一、二時間話した位の仲だが)優しい笑みを浮かべる。 そんな事よりゴールドは井戸の周りが気になった。 「このロケット団残党の山はなんだ? じいさんがやったのか?」 「いや、わしが来たときにはこうなってたんや」 綺麗に全員気絶して、縄で縛られていた。 正直、ロケット団がどうなろうと、誰にやられようと、こっちに被害がこなけりゃどうでも良かったリナは先程のように頭を使う事は無かった。 我ながら自己中だな、とか苦笑を顔を浮かべた時、茂みが動いた音がした。 それにとっさに反応したのはゴールドだった。 「誰だ!?」 「ボクです、ツクシです」 「ツクシ!!」 どちらにせよ誰やねん、とかいう第三者的位置に立っているリナは思ったが、取り合えず土の筆と書いてツクシという名前は非常に春を彷彿とさせるな、とかぼんやり思った。 本当にぼんやりと。 例えるなら、老人達 つまる所、知り合いの知り合いという、これ以上興味の無い対象と鉢合わせして、自分には分からない内輪を話される程腹立たしい物は無いという事だ。 「あれからヒワダ周辺のR団の情報を追っていたら、ここに…」 ほら出たよ。『あれから』。 一体いつからなんだよ。 些細に見えて、結構人間にとって微妙な気分にさせる事に腹立ちながら、リナはツクシを眺めた。 髪は結構ざっくばらんに、おかっぱにされている。 一瞬女の子とも見違えたが、容姿と脇のポケモンから言って、虫取り少年といった所か。 虫取り少年のツクシはロケット団の残党の残骸を見て、驚いたような声をあげた。 「こ…これはすごい! ゴールドがやったのかい」 「オ、オレじゃねーよ」 「そうよ。コイツにそんな事出来る訳無いじゃない」 「な! んな事ねぇよ!!」 「じゃあ、一体誰が…?」 誰、なんて状況を見ればわかる。 ただ状況を見て分かる人は、ゴールド、リナ、女の子しかいないが。 女の子は論外。 となると、二人だけが 果たしてゴールドが分かるのかは謎だが。いや、きっと分からないだろう。 そんな失礼極まり無いような、少しはゴールドの自業自得なような事を思っていると、手を繋いでいた 「ヤドンたち、かわいそう…。しっぽを切られて。大量捕獲のせいで井戸がかれちゃったのね」 「待てよ、たしかこの地方には『ヤドンのあくびで水脈がよびおこされる』っつー伝説があるって聞いたような…。な、嬢ちゃん!」 図鑑を開きながら女の子に笑いかけると、途端に明るい顔になり、うなずく。 「試してみっか、エーたろう!」 そう言うとすぐにエイパムがその手より器用な尾をヤドンへ打ち付けた。 ヤドンが必死にそれを少し短めの手で防いだ。 「ゴールド! 一体なにを!?」 「まあ、見てなって」 ゴールドは得意気に笑い、舌舐めずりをする。 「ヤドンに『あくび』をさせるために、あえてバトルで疲れさせるっつー作戦。そうすりゃ…」 ヤドンがゴールドが言った通りに『欠伸』をし、井戸の水が沸き上がった。 半信半疑だったが、伝説は本当だったようだ。 「体力回復わざのねむり≠使うはずだからな」 にっ、と笑うゴールドは年相応の少年のようだった。 # # # 「おねえちゃん……もう行っちゃうの?」 女の子が潤んだ瞳でリナを上目使いで見つめる。 少し気が引ける位には可愛かったが、行かない訳にはいかない。 リナは(模造品の)黒いリボンで髪を左側に結うと「ええ」と短く言った。 「また来てね! 絶対来てね!」 必死に、すがるように言う女の子を少し訝しく思いながら、頭を撫でた。 カァッと赤くなり、俯く。 「気が向いたらね」 その言葉に、不安になって顔を上げるが、リナの顔を見たら安心した。 なぜなら、その顔は優しく微笑んでいたのだから 女の子は去っていくリナに 勿論手を振り返される事は無いが、それでもその人の格好いい背中を見詰められればそれだけで良かった。 再会を 初めてのトキメキを (彼女はちびっこから) (愛される体質の様だ) 131126 ←|→ [ back ] |