今リナは、ゴールドに抱き締めるように抱えられ、戸惑っていた。 もしかしたらこの11年という短い人生の中で、初めてなんじゃないだろうか。 なぜなら今までルナというお姉ちゃんと二人で暮らしていたのだから。 異性と関わりがあるとすれば、レッド、グリーン、リュウ、オーキド……いやジジイはノーカンか。 残りの三人はただのお姉ちゃんに言い寄る害虫共。 だからリナがやる事は一つ。 害虫を追い払う事だった。 よって、リナは不馴れなスキンシップに戸惑いを隠せなかった。 しかし、足を挫いたのか顔を青くするゴールドに、そんな事は言っていられなくなった。 「ぐぅ…」 「あ、アンタ……馬鹿じゃないの!? なんでそこまでしてわたしを庇ったのよッ……」 「うるせぇな……オレは馬鹿じゃねぇよ……。女を守れ無かった方が馬鹿だ……!」 顔を青くして、苦しげに息を吐くゴールド。 ゴールドの言葉に、悔しいが、少し、本当に少し胸が高鳴った。 岩陰からは女の子が顔を出しておろおろしていた。 マリルはヒメグマの頭突き≠ナ吹っ飛ばされた為、まだ遠くで気絶している。 仕方無い (ガンテツのトコに置いてきた……!) 馬鹿だ。自分こそが馬鹿だ。 マリルが肩に乗っていたから気付かなかった。 「ど、どうしよ……」 自分の馬鹿さに放心するリナはリングマの爪が再び襲い掛かる事に気づけなかった。 「や、やべえ! にげろ、リナ!」 また自分を庇うつもりか そう思ったら、リナはその場から動きたく無かった。 「おい!」 声をかけても動かないリナに、小さく舌を打ち、尚更その腕の力を強めた。 刹那 自分の前方からの冷気を感じ、目を見開く。 すると目の前には見覚えのある黒くて目付きの悪いポケモンが。 「!! ニ…ニューラ!?」 ニューラは冷気を纏わせ、今リングマの降り下ろそうとした腕の周りを回った。 そのせいでリングマの両腕が氷で固められる。 ニューラに指示したトレーナー 「人の獲物を取ろうとした報いだ」 「な…なんだと!?」 「それとイチャイチャするなら他所でやれ」 『!』 そのシルバーの言葉で、二人は今の状況を改めて見返し、お互い素早く離れた。 ゴールドはとっさだった為、自分がしていた事に気付いた途端、恥ずかしさに全身が熱くなった。 まぁリナはリナで、自分の動悸が忙しない事に気付けば、より動悸が忙しなくなったりしている。 二人はこの状況をなんとか落ち着かせたかったが、リングマはそんなの関係ねぇとばかりに自身の腕の氷を技で溶かした。 「チ、ほのおのパンチ≠ナ溶かしてきたか」 (こいつ…、リナをかばった…? まさか…な…) チラッと顔を真っ赤にしているリナに目を向ける。 そんな事をしていたら、エイパムに真顔でヒメグマが爪で攻撃しようとしてきた。 「うお!?」 流石はリングマの子供。 真顔で爪を使ってくるヒメグマはなかなかに強かった。 「こ、こいつもかわいい顔して油断ならねえ!!」 エイパムで応戦するが、その鋭い爪を器用な尾で防ぐ他無かった。 「まずはおまえから片づけてやるぜ!!」 リナから離れて、ヒメグマに向かってフレンドボールをヒュン、と投げる。 しかしボールは開く事無く、ヒメグマの頭に当たったらそのまま飛んでいってしまった。 「あれ!?」 思わず驚きの声を出す。 「ど…どうなってんだ。確かに当たったハズ…」 リプレイとばかりに転がったボールを拾い、「もういっちょ!」とヒメグマに投げた。 しかし、いとも簡単に弾かれてしまった。 ゴールドは怒りにわなわなと体を震わせた。 「あのジジイ 「バカ……」 「人のせいにするな、バカめ」 「なんだと、テメー等二人して!!」 シルバーは勿論、リナもさっきの熱がすっかり冷めたとばかりに冷ややかな目を向けている。 「ボールを使いこなせないのは、そいつの腕と知識が不足している証拠だ。ガンテツ作のこの特殊なボールを使うにはコツがある」 そう言って、自分もまたガンテツから作って貰ったヘビーボールを構えた。 「悪いな、リングマはオレがいただく」 ニヤリと口角を上げる。 しかし、そこにリングマに吹っ飛ばされたエイパムがぶつかりシルバーの手からボールが転がり落ちる。 シルバーはその銀色の瞳で思いきりゴールドを睨み付けた。 「い、今のは事故だぜ事故!! 不可抗力だ!!」 「ぷっ、格好付けてるからよ」 あわあわと弁解しているゴールドと、二人の様子につい笑ってしまうリナ。 そこにリングマの拳と、ヒメグマ(真顔)の頭が迫りくる。 「うわああ!」 リナは岩陰にいる女の子の手を引っ張り、素早く逃げた。 自分達が避けたら、自分達の後ろの岩に隠れている女の子が危なかったからだ。 「 「しまった、ガケに追い込まれた!」 「そうなるわよね……」 はあ、と溜め息を吐く。 最終手段はあるにはあるが、二人が見ている中では絶対嫌だった。 どうするか思案していると、ゴールドの青く腫れ上がる足が目に入る。 「アンタ、足……」 「大丈夫だ」 「おにいちゃ…」 ゴールドの足を見た女の子が、みるみる内に涙を浮かべた。 「おじいちゃんは…、ここがこんなに危険なところだから、山に入っちゃダメだっていつも言ってたんだわ」 ぼろぼろと大きな瞳から涙を溢し、泣きじゃくり始める。 「ごめんなさいごめんなさい、おじいちゃん。わたしが約束を破って案内なんかしたせいで、みんなを危険な目に…」 リナが見かねて、言葉をかけようとした時、女の子の頭に乗る温かい手。 思わず女の子の涙が止まる。 「だいじょうぶだ、まだあきらめんな。 ヒメグマは捕まえてやるし、絶対に無事に帰してやる!」 そう言って太陽のように眩しく笑った。 「オレを信じろ!」 ぐす、と鼻をすすりながら潤んだ瞳でゴールドを見つめる女の子。 「そうよ、このわたしもいるんだから。大船に乗ったつもりでいなさい」 リナがフッ、と微笑むと女の子は頬を染め、無言でうなずいた。 もう涙が頬を伝う事は無い。 「さて、手元にあるのはこの『フレンドボール』。とりあえずこいつにかけるしかねーな」 チャンスは 「シルバー、さっきコツがあるって言ってたな。そのコツってやつを教えろよ。 ききたくねーがしょーがねえ。だが、百発百中は保証するぜ」 痛む右足に触れながら、こんな時にでも酷く嫌々な口調だった。 そんなゴールドを、そのギラギラと光る銀色の瞳で見据える。 「……」 「…たのむ」 顔を青くして冷や汗をかき、人に頼むような言葉を言うゴールド。 彼は負けず嫌いで、しかもシルバーを好敵手(ライバル)だと思っているから、きっと稀であろう。 シルバーは自分達ににじり寄る二匹を一瞥してから、ゴールドに向き直った。 「いいだろう。求められる技術…具体的には投げるタイミング≠ニ当てどころ≠セ。 中でも当てどころ≠ヘ重要だ。どんな生き物でも体の中に『生命エネルギー』が集中しているツボがある! そこを正確に捕らえた時のみ、ボールは真の力を発揮する!」 そんな事、初めて聞いたのだが。 リナはこっそり唖然とした。 「そしてこの2匹のエネルギーのツボは…、リングマは、胴に位置する真円の中央! ヒメグマは額の三日月もようそのものだ」 つまりはポケモン達のチャームポイントの位置にボールを当てるという事か。 「OK!」 伸び縮みするキューを構え、フレンドボールを人差し指と中指で挟む。 「それさえわかりゃあ、こっちのもんだぜ」 「ヘビーボールは今、手元にない。そのボール1つでヒメグマとリングマどっちを狙う?」 「2匹とも…かな?」 「2匹共……?」 「まぁ、見てなって」 キューをボールにあてがい、勢いよく 「いけええ 勢いよく弾かれたフレンドボールは、リングマとヒメグマの周りの石にぶつかり、2匹の周りを回る。 そして何回か繰り返した後に、地面に転がったヘビーボールに当たった。 すると、ヘビーボールはシルバーの手中に、フレンドボールはゴールドの手中に収まった。 (なるほど! ビリヤードの応用か!) 「これで決まりだ!!」 二人はシルバーが言ったように、リングマは胴の真円の中央へ、ヒメグマは額の三日月模様へとそれぞれ、ボールを投げた。 二つのボールはポケモンを収め、地へと落ちた。 「やったあ!! 同時に2匹!」 女の子は少し興奮したように笑い、リナも微かに笑みを溢した。 「どーだ! これで貸し借りなしだぜ、シルバー!!」 「…ゴールドとかいったな。後そこの奴。忠告しておく。もうこれ以上、オレに関わるな」 それだけ言って、シルバーは忍者のように素早い動きで去っていった。 「…なんでえ、わかんねえやつだな」 (……わたしと同タイプね。自分から一人で行動するタイプ) こうやって他人として見ていると、この性格はゴールドが言ったように、なかなかにわからない物だ。 しかし一つわかるのは、一人で色んな物を抱え込んで苦しむだろうという事。 (……ま、わたしには関係無い、わね) 瞳を伏せてシルバーが去っていった方向から目を背けると、おずおずとフレンドボールを見つめる女の子が。 さっさと開ければ良い物を。 そう思ったが、きっと初めてのポケモンだから戸惑っているのだろう。 「ホラ、キミのヒメグマだ」 フレンドボールを拾い、女の子に渡す。 それを受け取り、ドキドキしながらボールのスイッチを押す。 すると、煙を上げながら可愛らしく女の子をビー玉のような瞳で見つめるヒメグマが出てきた。 「今日から大切な相棒(パートナー)になる」 「よろしく、わたしのパートナーさん」 控えめに女の子が微笑みかけると、ヒメグマは野生時の真顔はどこへやら。 可愛らしく微笑み、うなずいた。 「さあ、山を下りようぜ!」 「やだ」 「やだって、お前なぁ……」 「疲れた」 「オレなんか怪我してんだぞ!!」 ぴくり。 今まで面倒臭そうな顔をしていたリナがその言葉に反応した。 ゴールドにとっては無意識だったが、リナにとっては多少なりとも責任を感じる言葉だった。 「………足」 「……ん?」 「あ、足出しなさいって言ってるでしょ!」 「うわわわ」 ←|→ [ back ] |