「一匹増えたと言うより」 リナは現状を眺め、本日何度目になるか分からない溜め息を漏らした。 「子供が増えた、って感じ」 キキョウシティに着いてから新たに加わったチョンチーが、マリルと一緒に跳ねて自由に動き回り、やりたい放題だった。 二匹共、それぞれカントーや深海に居た為、こういう所に来てテンションが上がる気持ちは分かるが、これはやり過ぎだ。 溜め息も吐きたくなる。 イーブイだけがリナの隣で大人しくしてる。 「ちょっと! アンタ達大人しくしなさい!」 突然二匹がある店の前でピタッと止まる。 「なんなのよ……ん? 名菓子店?」 看板の文字を読むと、二匹がキラキラとした瞳でこちらを見つめて来る。 「はいはい、買えば良いんでしょ……」 ふと目についたキキョウ煎餅というのが、結構な大きさで、これなら三匹で食べられると思い店員に「すいません」と声をかけた。 『名物キキョウせんべい1枚』 誰かと声が被った。心無しか、聞いた事があるような。 嫌な予感がして恐る恐る横を見ると、予想通りの人物がいた。 「あ 「……五月蝿いわね」 爆発頭が特徴的でゴーグルを付けたゴールドが、こちらを指差して来た。 嫌味たっぷりな顔で耳を塞ぐと、ゴールドはムッとした顔をする。 「お前相変わらずだな……」 「人はそんな簡単に変わらないわよ」 ツンとした態度を取ると、より頭に来たのかゴールドが顔を歪める。 「ホント可愛く無い奴……」 「可愛く無くて結構よ」 「お前一生彼氏出来ねぇな」 「いらないわ。願い下げよ」 バチバチと二人の間に火花が走る。 ゴールドのエイパム、リナのマリルとチョンチーがオロオロとする。 イーブイだけがリナに似ているのか、溜め息を吐いてるようだった。 この睨み合いの終結は出来立ての煎餅が二人の手元に来た時だった。 「うひょー、うまそー!!」 すっかり顔を緩めてヨダレを垂らすゴールド。 リナも、出来立ての美味しそうな醤油煎餅の薫りに口元を緩めた。 パキパキと4等分にしてポケモン三匹に渡し、自分もまた3分の1を食べようと口を開ける。 しかし ドドド、と地面タイプのポケモンが何匹も連なり走って来た為、砂ぼこりが舞う。 それにより、二人の煎餅が泥んこになってしまった。 『あ!!』 まだ食べてないのに! こんな時に二人の心の中は一致団結した。 「わー!! せんべいが!! とりかえてくれ!!」 「わたしのも!!」 「とりかえられるわけないだろう。ドロをはねたヤツに言いな!」 その言葉に、二人の怒りは「ドロを跳ねた奴」に向かった。 「にゃあろう! キキョウに来たら食べようと楽しみにしてたせんべいをよくも〜〜!!」 「食べ物の大切さ、じっくり教えてあげるわ!!」 ゴールドはスケボーに乗り、リナはクラウチングスタートの格好になる。 『ふざけんな!!』 二人でそう叫び、地面タイプの群れを猛スピードで追いかける。 スケボーのゴールドはともかく、リナは自分の足で追いかけるのは相当な事だろう。 あの面倒臭がりでいつも手を抜くリナがだ。 食べ物の恨みは怖い、というのが見に染みるポケモン達であった。 「オイ、コラ!! 待てっての!!」 ポケモンの重たい足跡や、スケボーが地を滑る音が耳を木霊すると言うのに、そのゴールドの言葉ははっきりとリナの耳に届いた。 地獄耳なんだろうか。それとも単にゴールドの声が響きやすいんだろうか。 走ってる途中、オニギリのような頭の髭おじさんが、はひはひと荒い息をしながらポケモンの群れに走って向かって行っていた。 「おお、キミ達。私のポーチをとりかえしてくれるアルか? うれしいデスが無理しないでくだサ〜イね!」 「ん〜〜!? あんたのポーチをとりかえすって!? べつにそんな予定はないっスよ!」 「誰かの為に何かをするなんてわたしはしないわよ。取り返したいなら自分でなんとかしなさい」 「そうそう。オレは自分のせんべいをべんしょうしてもらいたいだけだ」 「てな訳でじゃあね」 おじさんががくっと転けるのを他所に、二人はポケモンの群れの先頭まで走って行った。 先頭を近くで見ると、どうやら先頭には誰かが乗っているようだ。 否、乗っていなかったら困るが。弁償してもらわなくては。 「ハローハロー」 「……」 「なんだ、てめーらは!」 地面タイプのポケモンの上にまたがる男は、横に並んだ二人を訝しげな顔で見詰める。 「オレはムダな争いはしないんだ。せんべいを買いなおしてくれればなにもしない」 「アンタ率直に用件言い過ぎでしょ」 余りの直球にリナは溜め息を吐いた。 案の定、詳細を知らない男は苛立ったようにこちらを睨み付けた。 「わけのわからねーことをぬかすな!! このガキ!!」 「うわっと!」「な!」 ゴールドだけで無くリナにまでポケモンの攻撃を向けられる。 「にゃあろう!! 本格的に頭にきたぞ」 「同感。わたしに攻撃を向けるなんて良い度胸」 「エーたろう!ひっかく≠セ!!」 「え、アンタ馬鹿?」 頭に来たゴールドはエイパムを、相手のポケモンへと放り投げる。 本当に頭が悪いんだなぁ、とむしろ感心してしまう。 エイパムの攻撃は、相手の硬い皮膚により効かなかった。 「じゃまなんだよ! ドンファンつのでつく≠セ!」 「うわぁあ!」 ゴールドとエイパムが仲良くドンファンに跳ね飛ばされる。 しかし一人と一匹は器用に一回転し、ゴールドはスケボーに着地しエイパムはゴールドの肩に着地した。 「……お見事」 ぽつりと呟かれたリナ。 リナは彼の器用さを誉めると同時に、彼の行動がまさに猿のようで笑いが込み上げてくる。 「やろう、ドンファンっていうのか!」 ゴールドが、すっと貰ったばかりのポケモン図鑑を取り出す。 ボタンを押すとウィーンと音がして開閉し、画面が出てくる。 どうやらドンファンのデータを見ているようだ。 真剣にポケモン図鑑を見ている横でリナがにんまりと笑う。 「そこに書いてある事、当ててみようか?」 「あん?」 「ドンファン。鎧ポケモン。地面タイプ。高さ1.1m。重さ120.0kg。牙が長くて大きいほど群れの中でのランクが高い。牙が伸びるには、時間がかかる……だったかな?」 得意気に笑うリナに、ゴールドは驚愕の表情を露にする。 「すげぇ……一文字の漏れもねぇ……」 「アンタとは脳の作りが違うのよ」 どや顔が癪に障ったが、実際そうで何も反論出来なかった。 しかしはっきりとした肯定もしたくなくて、ポケモン図鑑の画面に目線を戻した。 今リナが言った事をもう一度復唱する。 「キバがながくて大きいほどむれのなかでランクが高い…か」 スケボーで、煎餅汚物化の犯人の一歩引いた距離を保つ。 「…てことは! あの先頭を走っているヤツがボスってわけね!」 「ああ、ちなみに、ドンファンの鋭くて硬い牙と、それより頑丈な皮膚での体当たりは家をも壊す位らしいから頑張って」 サラリと怖い発言をされ、ゴールドは動くに動けなくなった。 ←|→ [ back ] |