リナが向かったその先で、主人に似た二本の毛を持ったコラッタが、流木を身軽に伝って無事に岸に足を踏み入れる事が出来た。 「よし、ゴロウのコラッタは無事流木をつたって岸についたようだな」 爆発頭に金色の目を持った少年 しかしまだ流木の上にはゴールドとヒノアラシがいる。 「問題はオレたちだ。バクたろう、コラッタのあとをついていけるか?」 だが、ヒノアラシはぐたっとしたままで、流木に掴まっているのがやっとのようだ。 (ダメだ、昼間の特訓のせいで疲れがとれてねえみてえだ…) あんなに無理に特訓をさせた事を申し訳無く思いながら、ポケットに入っていたボールにヒノアラシを入れた。 (すまねえ、オレがついていながら…。だけど、おまえは必ず助けるぜ。ワニノコには絶対に会わせてやる!) そう思いながら、同じくポケットに入れておいた折り畳み式のキューを取りだし、ヒノアラシを入れたボールに先端を当てた。 そして、ビリヤードのようにボールを弾かせ、流木や岩に当たって岸にたどり着いた。 コラッタはそれを驚きながら見詰める。 「よし!」 キューをしまい、自分はどうするか考え始める。 「残るはオレか…。うお!」 しかしそこに流木が流れてきて、自分が掴んでいた流木に思い切り当たって手を滑らせる。 「やべ! 手がすべっ…」 しかも、軽く自分の流れ行く先を見てみると、そこは滝だった。 このまま落ちれば命は危ういだろう。 思わずゴールドは目を固く瞑り、落ちる衝撃に備えた。 (くっ…、南無三!!) その時、微かに耳に細く伸びやかな音≠ェ聞こえた気がした。 すると滝の向こうから、川を埋め尽くす程のコイキングが泳いできた。 ぎょっ、とするのも束の間 「ゲホッ、ガボッ」 あんまり乱暴だったために水を飲んでしまった。 随分手荒なコイキング達の救助だった。 まるで誰かさんの心が反映されたような。 とりあえずゴロウの所に行こうと立ち上がろうとした時、ぼやける視界に誰かの足元が見えた。 「シャルフ、日本晴れ=v その足の持ち主が、そうクールに言えば、さっきの雷雨はなんだったのやら。 快晴の澄み切った空になった。 勿論、イーブイは天候を操るポケモンでは無い。 ゴールドやイーブイ、少女の周りだけが快晴だ。 晴れ渡る空のおかげで視界がくっきり見える。 改めて足の持ち主を見上げると、蜜柑色の濡れた髪が太陽に照らされてキラキラと輝かせた少女が、鋭い目付きをこちらに向けていた。 さっきまで彼女が誰だかわからなかったのに、不思議とあの夜の少女だとわかった。 その少女は自分に近付いて一言、 「馬鹿」 と言った。 不思議と怒りは湧かなかった。 # # # 「バカモン!!」 一部分だけ晴れとは目立つもので、容易くオーキドとゴロウはゴールドのもとにたどり着いた。 するとオーキドはゴールドを見て開口一番怒号を響かせた。 「なんてムチャをするんじゃキミは! わしらが通りかからなかったら今ごろどうなっていたか!!」 「ま、まあまあ博士、その辺で…」 「どうやらテントがぬかるみにはまった原因も、キミのムチャな特訓のせいじゃな。このあたりの地面を掘りおこすなんて、おどろいたわい」 「アンタのポケモンへとへとよ」 疲れ切ったエイパムとヒノアラシに、リナが傷薬を塗ってやる。 その言葉に、オーキドは尚の事ゴールドに詰め寄った。 ゴロウがあわあわと弁解する。 「だ…だけど、ゴールドはオイラのコラッタを助けてくれたでやんすよ!」 「むう…」 それを言われては黙るしか無かった。 「全部強くなるためなんス! だから、このとーりっス!! 図鑑を! …ポケモン図鑑をオレにください!!」 ゴールドはオーキドに向かって土下座をする。 思っても見なかったその行動に、オーキドは戸惑った。 「オ…オイ、頭をあげんか!!」 「イヤッス! 図鑑をもらうまでは!」 しかしオーキドは何の行動も示さず、ただただゴールドを見下ろしていた。 その時、横から「オーキドの博士」と声がかかる。 視線だけ向けると、リナは真剣な顔をしていた。 「わたしからも……『お願いします』」 オーキドは軽く目を見開いた。 リナは、ルナ以外になつく事は無く、オーキドという立派な大人に対してでさえ敬語なんて使えなかった。 彼女曰く「このわたしが誰かを敬う事なんてするはず無いわ」らしい。 今ごろオーキドを敬っているという事じゃないだろう。 彼女なりの誠意を表しての事かもしれない。 あの彼女がそこまでする原因の彼は、結構な大物かもしれない。 そこまで考えて、オーキドは図鑑をゴールドの目の前に差し出した。 勿論それに飛び付くゴールド。 「く…くれるんスか!? あ、あれ!?」 しかし図鑑は手をすり抜けた。 「ひとつ質問だ。 『キミにとってポケモンとはなにか!?』」 これにはゴールドだけで無く、リナもはっとする。 「かつてポケモンへの想いを『仲間』や『友達』、そして『家族』と表現した子がいた」 『家族』と表現した子……お姉ちゃんの事だ。 リナはじくじくと痛む胸を鷲掴みにした。 「きみもまた、個性あるトレーナーのようだ。…ちと頼りないが…」 「………」 「さあ、答えてくれ」 ゆっくりとゴールドは起き上がった。 そしてエイパムとヒノアラシに視線を向けた。 「『仲間』…、『友達』…、『家族』…、うーん。なんかちょっと違うなあ」 ヒノアラシに手を伸ばし、抱き上げる。 「エーたろうはずっといっしょに住んでたんで家族みたいなもんスけど、たとえば、このバクたろうは…、昨日ウツギ研究所ではじめて会ったんスよ」 それがどう結論に導かれるのか。 オーキドも、リナも次の言葉を待った。 「オレは犯人をとっちめたかったし、こいつは仲のいいワニノコを盗まれて怒ってた。だから初対面でもいっしょに戦うことができたんス。 結構犯人には逃げられちまったし、ウツギ博士は入院しちまったんで、今もこの状態なんスけどね」 少し苦笑して言った後に、すぐに真剣な目付きになり、自分の胸に親指を立てた拳を当てた。 「だからポケモンは『相棒』っス!! 同じ目的のために力を合わせてがんばる、オレの…『相棒(パートナー)』っス!!」 相棒……。 その言葉が、深く心に染み入った。 何故だかはわからないが、なんだか心が落ち着かず、ざわめいている。 もしかしたら、ポケモンをそんな風に言える彼が羨ましかったのかもしれない 「いい答えだ。これをもってくといい。特別じゃぞ!!」 過去に、ある少女を救った暖かい笑顔を見せて、ゴールドに新ポケモン図鑑を今度こそ本当に差し出した。 ゴールドは嬉しそうにそれを受け取った。 # # # 「さてと」 無事にゴールドが図鑑を手にしたのを見届けてしばらくし、リナはオドシシの背中の鞍に入れていた自分のバックを肩にかけて、オーキド達から背を向けた。 「もう行ってしまうのか?」 「ここに滞在する意味は無いわ」 「ルナに頼まれた通りお前にも図鑑を 「オーキドの博士、前に『今度図鑑を作った時は捕獲の上手い人に図鑑を渡したい』って言ってたでしょ。盗んだ奴は勿論、そこの爆発野郎も捕獲は期待出来ないわよ。それにわたしも」 ム……、と上手く言い返せず、言葉を濁した。 「だから、今度はちゃんとした専門家≠ノ頼みなさいよ」 「じゃあね」と手を振りながら去ろうとする。 しかし、ゴールドがその行く手を塞いだ。 なんなんだと言うように訝しげに彼を見詰めて首を軽く傾げた。 「その、ありがと……な」 「何が?」 「だ、だから助けてくれてよ」 「別にアンタの為に助けた訳じゃないし」 腕を組みながらフンッと鼻を鳴らした。 素直じゃないなと思いながら頭をがしがし掻く。 「それと、首のコレ」 「!」 背を向けて首のマリル柄の絆創膏を指差す。 それは確かにゴールドがエレキッドから受けた電撃で出来た傷を、リナが見かねて貼った絆創膏だった。 だが何故自分がやったと分かるのか。 「なんでわたしって分かったのよ」 「お、やっぱしお前か!」 「……はい?」 「いやさ、確信は無かったけどよ、あの時ウツギ博士もゴロウも気ぃ失ってたし、でもお前この辺にいたって言うじゃん?」 だからお前かな、ってさ。 悪ガキの顔でへへっと笑うゴールドに思わず赤面する。 「べ、別にそれだってアンタの為にやった訳じゃない! そ、そう、いわゆる気まぐれって奴よ!」 「はあ? 素直にどういたしましてって言やあ良いだろ。可愛くねーなぁ」 カチン。 その言葉にリナは堪忍袋の緒が切れた。 「うっさいわね! そもそもアンタが考え無しに突っ込んでいくのが悪いんでしょ!?」 「考え無しじゃねぇよ。馬鹿にすんな!」 「フンッ。この能無し」 「ムッカアアア! あったまきた!!」 「わたしだって頭に来たわよ!!」 ギャーギャー喧嘩する二人に、オーキドもゴロウもポケモン達も立ち尽くすしか無かった。 さっきのほんのちょっと良い感じはどこへ行ってしまったのだろう。 結局二人は何時間も口喧嘩していた。 太陽に照らされた蜜柑色 (凄く綺麗だった) 20131109 ←|→ [ back ] |