「な…なんじゃと  !!?」
「ななななんてことゆーでやんすかゴールド!! すみません、博士! ゴールドは今日いろんなことがあって混乱してるんでやんす」
「いや、オレは正気だぜ、ゴロウ」

アンタなんかにオーキドの博士が図鑑を渡す訳無いじゃない。

さっきのをまだ引きずっているリナはゴールドの無謀な言葉に悪態を付いた。

「……。この図鑑は3つしかない上にひとつうばわれてしまっている。それにキミにあげるため作ったわけではない、研究のために作ったのだ。わたすことはできんよ」
「ああ、そんなことは百も承知っスよ。でもね、オレもヤローをとっちめるって決めちまったんだ。もう変えられねえ!」

オーキドが眉間に皺を寄せるが、尚も続ける。

「これからヤローと対決するってのにヤローだけ便利なもんを持ってやがるのは不利だ。だから欲しい。オレはなんとしても決着をつけてぇ。理由はそれだけっス」
「ダメといったらダメだ」
「じゃあちょっと借りるだけ!」
「ダメだ!!」
「もう1コ作ればいーじゃないスか!! 博士なんでしょ!?」
「そんなすぐできるか!!」
「お願い!!」
「ダメ!!」

弾丸のように繰り広げられる会話。

思わず傍観者であるリナは欠伸をしてしまう。

ゴールドはエイパムのような顔で軽く言ってみせるが、研究家  いや研究家でも無いのに手伝わされた自分の気持ちにもなってほしい。

あんな大変で面倒臭い事は他には無い。

「ハアハア、なんじゃキミは、自分の都合ばかりで! いいか、今までわしのところから図鑑を持って出発したトレーナーは、きちんと研究に必要なデータを集めてくれたし、人の役に立つような働きもした実力のある少年、少女たちじゃった!」

リナは何故か、オーキドの事を睨み付けた。

「図鑑はわしが信用したやつにしか託さん!」
「実力…スか。実力がありゃあいーんスね!! よし!! エーたろう、ひっかく!!」
「ち、ちがう! そういうイミじゃ…」

ゴールドはオーキドの言う事も聞かず、勘違いしてオドシシに攻撃した。

お陰でオドシシに乗っていたリナは地面とこんにちは。思い切り尻を打ってしまった。

そして勿論、オドシシとレディバが戦闘体制になる。

そんな二匹にオーキドはやめろというが、もっとも、止めないのはゴールドだった。

「そこだ、エーたろう!」
「ええい、しかたない!!」

博士は素早く図鑑を開き、オドシシの技を見た。

「オドっち、あやしいひかり=I」
「!!」
「な…!?」

見事にオドシシの妖しい光≠浴びたエイパムを見て、ゴールドとゴロウは驚きに目を見開いた。

「エ…エーたろう」

「くそ!」混乱し、目を回しているエイパムを地のすれすれでキャッチする。

リナは打った尻を撫でながら鋭い目付きでそれらの行動を見ていた。

「これでわかったろう。キミのポケモンでは、力量が違いすぎる。あきらめるんじゃな」
「こ…こんなの認めねえ!! そのキカイさえあればオレだって」
「馬鹿にしないで」

ゴールドが悔しそうな言葉を吐き出した時、リナがいつもより目付きを悪くし、怒りの表情を露にしていた。

「お姉ちゃんは  今までの図鑑所有者は図鑑なんて無くても充分強かった。逆に、図鑑なんかに頼らなくても強いわ」
「……っ」
「アンタは自分の弱さを、図鑑の無いせいにしてる。だったら図鑑を持ってわたしと戦う? 絶対勝てないでしょうけどね」

姉が図鑑を貰った日、図鑑を失った日を思い浮かべながら、リナは容赦無くゴールドにキツい言葉を投げ掛ける。

言葉をキャッチボールに例える場合があるが、この場合例えるのならきっとリナがただボールを力一杯ゴールド自身に向かって投げ付けているだけになるだろう。

しかしそれは先程のゴールドも同じ。

むしろ、ゴールドの場合はオーキドが投げた言葉という名のボールを避けて、自分ばかり一方的に投げている。

ゴールドは返す言葉が見当たらなくて無言になる。

「……。やれやれ。
 言っておくがわしが見たところ、今のキミにはこの図鑑は使いこなせんよ」
「なんだと!?」
「キミは自分自身が見たり体験したりすることで、力をつけていくタイプのようだ。他人に忠告されても、素直には行動を変えないだろう。
 物事を自分の目で判断し進むことは、確かに大切で良いことだ」

彼の良い所を言う。だが、しかし、と繋げる。

「その生き方には、大きな欠点がある。前ばかり進もうとするあまり、まわりが見えなくなることだ。
 そんな余裕も持てないキミでは、図鑑は宝のもちぐされになるじゃろう」

その言葉に、見ただけでわかる位にカチンときたらしいゴールド。

踵を返してオーキドとリナから背を向けた。

「もういい、いらねーそんなキカイ」
「ゴ…ゴールド…」
「そんなもんなくたって強くなってやらあ! 見てろよ、ジジイ!!」
「ゴールド!」

言葉自体はオーキドに向けてだが、視線はリナにも向かっていた。

あかんべーをしているエイパムを頭に乗せてどこかに走り去ってしまった。

ゴロウはゴールドを追いかけていく。

広い草原の上にはオーキドとリナのみが立っていた。

リナはゴールドに向かって溜め息を吐いたと思えば、すぐに博士を睨んだ。

「どうでも良いけど、なんで新ポケモン図鑑なんて作って、お姉ちゃんの図鑑は作らないのよ!」
「ム……それは申し訳無い。じゃが、ルナ自身の要望じゃからな……」
「そんなの遠慮してんのよ!」

そう。ずっとそれが許せなかった。

ポケモン図鑑を失って、ルナは泣きそうだった。

でも泣かなかった。

誰にも泣き顔を見せないと誓ってしまったあの日。

あれから泣き虫なお姉ちゃんは泣かなくなった。

無理矢理我慢してるような様子で笑ってみせるのだ。

確かに姉が泣いているのなんて心配になって、胸が張り裂けそうになるが、そんな様子を見ていたら尚の事胸が張り裂けそうになる。

それで、姉の泣く場所を作ったらしいのが……、

「赤野郎ってどういう事よ  !!」

うが  

吠えると、オーキドが若干引き気味でリナを見ている。

それでもまだ慣れた方である。

リナの病気。それはルナ依存性。

最初見た時は腰を抜かして立てなかった。

まともな執着心では無いのだ。当然の反応だ。

「はぁ……ん? マリル?」

尻尾でツンツンしてくるマリルの頬を向くと、上を差された。

「……雨?」

コクコク。

どうやらそのようだった。

しかも続きがあるのかジェスチャーで伝えてくる。

「えー……と、つまり雷雨ね」
「今の短い手をパタパタさせたのを見ただけで良くわかったの……」
「わたし天才だから」

サラリと言うと、苦笑される。

「じゃあ早くキキョウシティに行きましょ」

よいしょ、とまたオドシシの背中に股がる。

やれやれと肩をすくめ、なぜか先陣を切っているリナの後に着いていった。


# # #



マリルの予想は残念ながら当たってしまい、酷い雷雨が二人を襲った。

視界は豪雨で見辛く、聴覚は雨が降る音と雷鳴でお互いの声が聞こえにくい。

「こりゃイカン! 本当にひどい雷雨じゃ」
「……アンタ信じて無かったの?」
「まったくこんな移動途中で大雨にあうとは……!」
「アンド、スルー?」

こんな時でもオドシシに乗ったままで、優雅に折り畳み傘を差しているリナは溜め息を吐いた。

「なんじゃ!? このぬかるみは!?」
「キキョウシティに着く気がしないわね」

楽しそうにパチャパチャと遊ぶマリルが何かを見つけたように鳴く。

その鳴き声の方に二人は視線を移す。

「む!? このテントはゴロウくんたちの…? まさか…」

その時  

「だ…誰か…」助けを乞うような苦しげな声が微かに聞こえてきた。

二人は声がした方向の崖の方へ近付き、下を除き込む。

「!」
「ゴロウくん!!」

そこには木にぶら下がったエイパムに掴まれたゴロウが。

急いでオーキドはエイパムの尻尾を掴み、引き上げた。

「一体なにがあったんじゃ! あの少年は?」
「そうよ。アイツと一緒だったんでしょ?」
「……それが…。オイラのコラッタを助けるために、増水した川に…」
「なんじゃと!?」
「……」

オーキドが今まさにゴールドを探しに行こうとした時、リナがオドシシに乗ったまま川に沿って駆けて行ってしまった。



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