夕暮れになり、辺りは蜂蜜のような色の優しい、淡い光に包まれる。 リナの蜜柑色の髪の毛がその光に包まれ、キラキラと輝いていた。 マリルは彼女のそんな様子に惚れ惚れしていた。 確かに一般人にとっては彼女の性格は難ありだと思ってしまうかもしれないが、こういう、口を開いていない時は天女のような輝きを放っていて、惹かれてしまう。 勿論、性格だって本当は良いのだ。 ただ素直になれなかったり、少し自信過剰な所はあるが、気配りが出来るような少女だ。 そんな彼女が、マリルは大好きで、ボールに入らずにずっと肩や頭に乗ったりして傍から離れない。 「オーキドの博士……どこいんのよ」 はぁ、と溜め息を吐きながらリナはぼやいた。 ウツギの博士からポケモンを貰う事は諦めたので、次はオーキドの博士から姉と同じように図鑑を貰わなくてはいけなかった。 だがオーキドの博士がどこにいるかなんて分かる訳が無かった。 今はヨシノシティ付近。 オーキドの博士がいると思われる場所は……、 「そういえば、お姉ちゃんがちょくちょくオーキドの博士のラジオの手伝いでコガネシティに行ってたかも」 成る程、じゃあコガネに と、ここまで思考を巡らせ、ひたと止まった。 (コガネとか遠いわ 思わず声に出す所だったが、不審者になりたく無いので心の中で存分に叫ぶ。 ヨシノシティからコガネシティまで何kmあると思ってるんだ。 リナは絶望感にうちひしがれ、しゃがみこんだ。 (ああもう……わたしは早くお姉ちゃんの所に戻りたいのにさぁぁぁ……) こうなったら、と立ち上がる。 「オーキドの博士に電話してここに来させるしか 「その必要は無いよ」 「!?」 バッと振り返ると、今まさに電話しようした本人のオーキド博士がそこに立っていた。 「オーキドの博士? なんでここにいんのよ?」 「この付近にちょっと用があってな」 「まぁ、丁度良かったわ。お姉ちゃんに頼まれた 「その事なんじゃが。……着いてきてくれ」 「えぇ……」面倒臭いのと嫌な予感しかしないのとで、凄く嫌そうな顔をする。 しかしオーキド博士は半ば引きずるようにリナを連れていった。 # # # 辺りが真っ暗になり、数多の星が煌めき出した。 ヨシノシティの郊外で前髪の爆発した金目ことゴールドは、短パン小僧のゴロウと共に火を囲んでいた。 警察で偽のモンタージュを作った事をゴロウに供述し、改めて本物のモンタージュを作る。 しばらくして、先程から言おうと思っていた事をゴロウがぽつりと溢した。 「ゴールド、思うんでやんすが…」 「なんだよゴロウ」 「なんか急にいろんなコトが起こりすぎるんじゃないでやんすか? なんででやんしょう?」 ゴロウの率直な質問に、特に考える素振りを見せずに、「ウーン、そーだなー」と相槌を売った。 「それは運命が ザッ、と地を蹴る音がして横たわっていた二人は体を起こした。 目の前の人物を見て、ゴロウは驚きに体を震わせた。 「あ…あなたは! オ…」 「オーキドの博士、格好付け過ぎ」 ゴロウの言葉を遮り、オーキドのポケモンであるオドシシに乗った少女が呆れたように言った。 見知らぬ顔にキョトンとしながら、ゴロウは面倒臭そうな表情の彼女と、少し気が抜けてしまった博士を交互に見る。 一方、ゴールドの方は少女をしばらく見た後に博士を威圧的に見た。 「……、なんスかいきなり、オレはエライ博士に用なんかないっスよ」 「ゴ、ゴールド!!」 研究家の最高権威であるオーキドに、失礼とも言える態度を取るゴールドをゴロウがたしなめる。 「キミにはないかも知れんが、このわしはキミに用がある。 警察で聞いてきたんじゃ。キミが対決した少年は…もしかしてこんなものをもっていなかったかい?」 「!!」 オーキドは赤い箱のような物をゴールドに見せた。 ボタンを押して画面とボタンの場所の蓋が開く。 ゴロウは見た事の無いそれに目を見張った。 「そ…それはなんでやんすか!?」 「わしが作ったポケモンの生態を記録していく機械」 オドシシの背中で足を組んで乗っていた少女が眉を動かした。 それに対しゴールドは特に表情を動かさずにその図鑑を見つめていた。 まるで図鑑の事も、オーキドが聞きたい事も把握しているかのように。 「……。で、オレが対決したヤローがそれと同じものをもってたかってことが聞きたいんスね」 ゴールドはポケモン図鑑を指差し、オーキドが言おうとした事をさらりと言った。 「ああ。たぶん持ってたっスよ。たしかそんなかんじのものをこそこそと出していやがった」 「たぶん」では無い事を、リナは知っていたがややこしくなるので心の中に留めて置いた。 「そうか。これではっきりしたようじゃな。わしはこれと同じものを3つ作った。だが3日前、そのうちのひとつが…消えた!!」 「ええ!!? …てことは!」 「ウム」 驚きの声と共に予想の声をあげるゴロウに、オーキドは厳粛に頷いた。 「わしのところからはポケモン図鑑が、ウツギ博士のところからはワニノコがうばわれたんじゃ。おそらくおなじ犯人によってな!」 リナはそのオーキドの一言に対して「研究家、警備手薄過ぎね?」とか思っちゃったり。 というかあのマイペースそうなウツギの博士はともかく、オーキドの博士は一度青い少女にゼニガメを盗られているのだから、用心位はして欲しい。 「オーキド博士のところっていうと…」 「そうじゃゴロウくん。キミにおつかいをたのんだ場所。ここヨシノの郊外にある、わしの第2研究所からじゃ」 「ラジオ収録があってジョウトへ来た時に泊まる例の…な」と付け足す。 その事は知っていた。 たまに、ラジオ収録の手伝いでお姉ちゃんが行っているのだから。 しかし姉の場合は、オーキドと共に泊まらずに、自分の為に帰ってきてくれる。 本当に女神のような人だ。 リナがお姉ちゃんの事を考えてハートを飛ばしている間にも勿論話は続いていく。 「あ、あのね、ゴールド。オーキド博士の本当の家はカントー地方のマサラタウンってところで、ジョウトには仕事で来てて、むこうは孫娘のナナミさんが留守を守ってて……今はそれどころじゃないみたいだけど、もう一人留守を守ってたのがね 「そんなこたぁオレには関係ねーんだよ、ゴロウ!!」 会話に置いてきぼり状態であるゴールドに、ゴロウが慌てて早口で説明するが、ゴールドは遮って身を乗り出した。 コラ、今お姉ちゃんの説明に入るトコだったんだぞ爆発野郎。 とかリナは心の中で思うが、ゴールドがそれに気付く事は無い。 「それよりだ、オーキドのじーさん。その『図鑑』…つーやつは、もしかしてなにか戦いに役に立つ仕組みとかがあったりすんじゃねースか!?」 「…ああ、あるぞ。ポケモンバトルでは相手の力量がわかるし、技なども調べられる」 「やっぱしな! あの時ヤローはバクたろうの力量や、それに対する自分のポケモンのわざをチェックしようとしてたのか」 (……へぇ) 意外に目敏いというか、鋭い事に感心しながらゴールドを見詰めた。 彼の性格は猪突猛進、負けず嫌い、執念深い、短気、といった所だろうと思う。 しかし、思った以上に状況分析位は出来るようだ。 「ともかく…、ゴールドくんだったね。キミにたしかめることができてよかった。これから警察に…」 「待ってくれ!!」 連れ回されるリナが嫌そうな顔をした時、ゴールドから静止の言葉がかかり、オーキドは不思議そうに振り返った。 「オレ、あんたに会ったら、クルミちゃんとルナちゃんのサインもらおうと思ってたんスよ。アイドルのクルミちゃんとあんたの助手っつールナちゃん。いっしょにラジオやってるんスよね!?」 「ゴ…ゴール 「アンタなんかにお姉ちゃんのサインなんかやるかボケ!」 『!?』 今まで空気と化していたリナがいきなり声を張り上げた。 オーキドに至っては、始まったとばかりに溜め息を吐いた。 それもそのはず。こうなってしまったリナは止められない。 「お、オメェ誰だよ……」 「オーキドの博士の付き添い。んでもってお姉ちゃん 「な、なんだと 驚きの言葉にゴールドは目も耳も疑った。 「嘘だろ!?」 「本当よ」 「似てねぇよ!!」 「! なんですって!?」 ゴールドは突いてはいけない所を突いて、リナから思い切り睨まれる。 しかしこちらも譲れない。明らかに似ていない。 だってラジオの時に聞いた、天使のような優しさのこもった可愛らしい声と、特別番組でオーキドに付き添って出たテレビを見た時に衝撃を受ける位の容姿の可愛らしさは目の前の少女には無い。断言しよう。無い。 自分をノックダウンさせた、彼女の向日葵のような笑顔。凄く可愛らしく、美しかった。 しかしどうだろう。目の前の少女は、確かに見た目は整っているが、向日葵とは程遠い。 例えるなら薔薇のような少女。 向日葵と薔薇。それらが姉妹だなんて絶対認めない。 「とにかく! 今はそれはいらねえ。もっと別のものが欲しくなったっス」 薔薇のような少女を押しやり、オーキドの持ってる物を指差した。 「その『図鑑』だ。そいつをオレにくれ!」 ←|→ [ back ] |