「ア、アンタ……!」

リナは行く手を阻んだ者から、じりっ、と身を引くように距離を離した。

珍しい反応に、「その人」はフッと笑みを溢した。

普通の人なら爽やかな笑みだとか言うのだろうが、リナはそうは思わない。

真っ黒な、笑みだった。






「よお」






いつもの調子で挨拶をする。

パーカーをずり下げ、ズボンのポケットに手を突っ込みながら、全身真っ黒な衣装を包んで。

彼の顔は  見慣れた物だった。






その人は、他でも無く、リュウだった。






「プッ、なんで驚いてんだよ。お前、オレがお前と同じ存在な事知ってたろ?」
「………」

そう、知っていた。

だからリュウが家に来る度に、威嚇をしまくった。

三年前に初めてリュウが来た時に調べていたのは、ルナでは無く、リナだったという事も、知っていたから  

「……ええ。でも、まさかこんな所にいるなんて、ね」
「オレは意外と神出鬼没の情報屋なんでね」

ケラケラ笑うリュウに、尚更目付きを悪くする。

だが、リュウはリナの睨み付ける≠ネんて慣れっこで、効果は無いようだ。

「アンタ……ずっと思ってたんだけど、なんであの男に従順な訳?」

三年前にリナに探りを入れたのは、きっと仮面の男が自分の行方を探す為。

だから恐らく、あれはロケット団では無く、『マスクド・チルドレン』としての仕事。

大体、ロケット団に入ったのだって、仮面の男の指示かも分からなかった。

それから、今ナナが戦意喪失しているのに、自分の前に立ちはだかった事もそうだ。

ナナの話なら、リュウだって秘密(シークレット)として拐われて来たはずだ。

なのに、そこまでする義理は果たしてあるのか  

そう考えていると、リュウはまた爽やかな笑みを浮かべた。





「オレにとって唯一の家族≠ンたいなもんだからな」





「は……」リュウの言葉を聞いて、無意識に溢したように、それだけ発した。

意味が、分からない。あの男が、家族?

「あの男、結婚してたの……?」
「違ぇよ……そういうんじゃなくてさ……」

真面目な顔でボケられると脱力するしかない。

「それにしても、有り得ないわ……あんなのを家族≠セなんて思いたくないわ……」
「まぁ、普通はそうだよなぁ」
「アンタは普通じゃないっての?」
「……んー、連れ去られて来る前でも、家族が一人も居ないなら、あんま普通じゃねぇとは思うけど」

軽く苦笑して言うリュウの口から、有り得ない言葉が普通に溢れ落ちた。

聞いているリナにとっては、目を見張る所の話では無い。

今、アイツは、何を言ったんだ、

「家族が一人も、いない?」
「ああ。所謂孤児って奴でさ」

生まれた時から、両親の顔を見た事ねぇんだ。

次々と紡がれる言葉に、リナが追い付けなかった。

しかも、なんだってそんなに、いきなりベラベラと喋り始めたんだ。

別に気にしてない事かのように。

平気でさらりと言ってみせる。普通、姉のように余り話したがらないはずだ。

それなのに、まるで、





自分とは遠い事のように、振る舞ってる。





無慈悲に、軽々しく、自分じゃない人の話を漏らすような。

自分は関係無いとばかりに、本当に、ベラベラと  

「アンタ……」
「さて、この話は置いといて、とにかくあのじーちゃんの命令だから許せよ」
「じーちゃん……?」

と、次の瞬間に、マリルリの体に10万ボルト≠ェ掠める。

リナがマリルリの手を引っ張っていなければ、危なかった。

「あー……一個だけ良いか?」
「何よ」
「それ、ポケモンにする事じゃなくね……」

リナはマリルリの手を引っ張って、自分の胸に引き寄せていた。

やる事がイケメン過ぎて、マリルリが御主人様にメロメロになっている。

本当にポケモンにやる事では無かった。

「はぁ? 訳の分かんない事言わないで」

マリルリをそっと離して、怪訝な顔をする。

……自分がやられたら間違いなく赤面して暴れるのに、どうしてそうケロッとしているのだろう。

「……まぁ、いいや。コスモ、もういっちょ、10万ボルト≠セ!」
「フルート、穴を掘る=I」

スターミーから放たれた10万ボルト≠ェ間近に迫った瞬間に、マリルリは尻尾をギュルンとドリルのように使い、穴を掘って避けた。

「へぇ、マリルリって穴を掘る℃gえるん  っだ!?」
「リュウウウウウ!!」
「お前はなんでこのタイミングで抱き締めてくんだよ!! 馬鹿か!!」
「だって今までカモミールに夢中で気付かなかったんですもの!」
「だからって抱き締めてくんな! 空気読め!」
「ええ!? よ、嫁だなんて……あたし、照れちゃう……」
「なぁ、馬路いっぺん死んでこい。な?」

そんな夫婦漫才(リュウは不満に思い、ナナは幸せ過ぎるが)をしていたら、マリルリの穴を掘る≠ェスターミーにヒットしてしまう訳で。

勢い良く飛び出してきたマリルリは、スターミーを吹っ飛ばした。

「チッ……だから言ったろ!」
「あら? バトルしてたの?」
「お前はっ……!! 周りを見ろってあれほど言ってんだろ!!」
「あたしは……その、リュウしか見てないから……きゃ、言っちゃった!」
「お前馬路何なんだよ……今は冗談言ってる場合じゃねぇんだよ!!」
「……またスルーされた……」

渾身の告白がここまでスルーされれば、もうナナは何も言えなかった。

だがしかし、こんな大事な時に告白するナナもナナだった。

「ねぇ、アンタ等。水死と、焼死と、感電死、どれか選んで」
「はい、すいません、真面目にやります」

リナが怒るのも、無理は無かった。

それが分かっているからリュウも、スライディング土下座で思いっきり謝る訳だが。

一体さっきまでのシリアスムードはどこへ行ってしまったのだろうか。

別に良いのだが。こんな下らない夫婦漫才で無ければ。別に良いのだが。

「リュウ! あたしも一緒に戦うわ!」

はぁ? お前に引っ掻き回されてたまるか。とか言いたかったが、また不覚にも夫婦漫才が始まってリナに問答無用で感電死させられそうなので、ちょっとキザっぽく「勝手にしろ」といっておく。

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