ウバメの森の中で、ナナは、辛い気持ちを背負い、立っていた。

リナにとって忌まわしい記憶は、自分にとっても忌まわしい記憶だった。

ナナは  マスクド・チルドレンだった。

それも、秘密(シークレット)の。

なぜ秘密(シークレット)かと言えば、ナナは情報収集が担当だったからだ。

情報収集の基本は、人に探りを入れている事をバレないようにする事。

だから、根本から、なにもかも秘密(シークレット)としたのだ。

ナナは、逃げ出さなかった、否、逃げ出せなかった。

  !?」

そんな時、背後からザッという足音がした。

まさか  



「よくもやってくれたわね」



  あの忌まわしい過去から立ち直ったというのか!?

しかも、どうやって出たのだ。

「エスパータイプの苦手なタイプってなーんだ」

リナはいつのまにか幻影を見せていたポケモンであるエーフィの首根っこを掴んでいた。

「虫と、ゴーストと、悪……」
「ピンポーン」

激しく棒読みで言うと、リナの背後からレディアンが出てくる。

レディアンは見た目からも明らかな位の、虫タイプ。

「虫のさざめき≠ナエーフィにも影響を与えたのよ。幻影だろうと異空間だろうと、エーフィに繋がってるには違いないだろうからね」

少し乱暴にこちらへエーフィを放り投げてくる。

それを的確な場所に投げられた為、動く事なく受け止めた。

26.5sの重量が両手にのしかかる。

「どうせ、あの男に足止めをするように言われてんでしょ? だったら、わたしはアンタを倒してみせる」

  大事な兄弟≠ニ共に。

そう言って側にいたマリルリの頭を撫でるリナは、どこか吹っ切れた様子だった。

思わず、唇を噛む。

「なんで、そんなに……」

自分には無い物を持っているんだ。

「……あたし、あんたが羨ましい。それは、今も、昔も、変わらない」
「羨ましい?」

顔に影が射しているナナは、よく分からない事を呟いた。

羨ましくなるような事、何一つやった覚えは無い。

「あたしはッ、本当にあんたが羨ましかった!!」

突然、ボロボロと泣きじゃくる。尚更訳が分からない。

「自分の意思で男から逃げてッ……でもそんな事ッ、あたしには出来なかった!!」

ずっと、ずっと、逃げたいと願っていた。

外の明るい世界に行きたい、と何度願った事か。

仮面を、投げ捨ててしまいたかった。

それでも出来なかったのは、臆病者だったから。

「あたし……カリンとイツキに会ったわ……同じ境遇だと思って嬉しかったわ。だけどッ……違った!! 自分から弟子入りしたって……!!」

カリンとイツキは、面白可笑しそうに笑っていた。

  同じ境遇〜!? アハハハハハ!!

  笑わせてくれるねぇ。

  ボクたちもキミらのように連れ去られて来たかわいそ〜な子供達だなんて思ってたの!?

  アタイ達はね、自分から弟子入りしたのよ!

ナナは、マスクド・チルドレンが、連れ去られて来たような人ばかりだと思っていた。

しかしそれは、思い違いでしか無かった。

「あたし……驚愕したわ……それと同時に、嗚呼、男の元にいたら、ずっと孤独なんだ、って……思い知らされたわ」

ぐっ、と握られた拳。

拳には溢れた涙が、小さな水溜まりを作っていた。

確かにそれだけを聞けば、ナナは、可哀想な子のように見える。

だが、リナにとってそれは、馬鹿馬鹿しい考えに過ぎなかった。

「孤独? 独り? 馬鹿じゃないの」
「なッ……!?」
「独り≠ニ一人≠ヘ違うわ! アンタは自由を求めたの!? 男に抗った事があるの!? アンタは自分から独りになって、それを酔いしれてただけよ!!」

ナナがは自由を羨むだけで、自分自身では何もしていなかった。

ただ自分が可哀想な悲劇のヒロインだと思って、自分を労るだけ。

本当に一人が嫌なら、その身を賭して男に抗うべきだ。

「あんッ、あんたに何が分かるのよ!!!!」
「分かんないわよ!! でもね、わたしが羨ましいんだったら!!」

ナナが掴みかかってくるが、リナは負けない位の気迫でナナを見据えた。

「闘いなさいよ、自分の意思で!! 抗いなさいよ、運命に!!」
「……ッ!!」

誰もが強く無い事なんて、リナだって分かってる。

だが、闘う事は、誰にだって出来るはずだ。

どんな型だって良い。地味なのでも、ほんの小さな事でも。

そうやって闘っていけば、自ずと力をつけていける。


「わたしがこの旅でわかった事。それは」


旅立った時は、まさか自分がこんなにも変化を得られるなんて、思っても見なかった。

旅に出て、ジョウトに来た事によって、

ゴールド、

シルバー、

クリスタル、

そして、



兄弟≠フ存在に気付けた。



それらは、リナの心を支えて、強くしてくれた。



「人間は、本当の意味では孤独になんてなり得ないという事!」



いつだって、どこだって、誰かが自分を支えてくれる。強くしてくれる。

愛してくれる  

誰にだってある幸福だ。だけど、一歩外に出てみないと、それは分からない。

それを  教えてやる。



「アンタにもいたんでしょ。仲間が。友達が。家族が。相棒が。兄弟が!! ポケモンが!!」



この世界に入れば、手に入れられる幸福。

それは、ポケモンが、側にいる事。


「ポケモンはね、こっちの心を見透かしてくるのよ」


人間の感情を理解し、時には言葉を理解し、人間を見つめる。

ポケモンは、下手をすれば人間より優秀だ。

野生は、自分の判断で技を出せる。自分で戦える。

それなのに人間の元を離れないのは、


「だから、独りにさせないように、傍にいるんじゃない」


  主人を思いやる気持ち。


マリル、いや、マリルリが、リナにとってのその存在だった。

いつも突き放して、何も好かれるような事をしていなかったのに、ずっと側にいて、愛してくれた。

そんな大事なものの存在に  貴方も気付けるはず。

「アンタのニャース、心配してくれてたでしょ」

その言葉に、ナナは涙を溢れさせながら、ニャースを見た。

先程リナのポケモンの攻撃で転げ落ちてボロボロだというのに、自分の事よりもナナの事を心配してオロオロとしていた。

嗚呼、そうだった。

いつも、自分の側にいてくれたじゃないか。

辛い事があっても、悲しい事があっても、いつも、いつも、

かなり側にあったから、気付け無かった。

もう、当たり前の事になっていたから……、

「カモミール」

きゅっ、とその小さな体を抱き締めた。

有り難う、こんなあたしの側にいてくれて。

そう思いながら。

(さて、今のうちに……)

別に嘘を吐いて隙を突きたかった訳では無いが、今のうちに通らせて貰う。

しかし、その行く手を阻む者が立ちはだかった。

「ア、アンタ……!」



その人は  



道は鮮やかに開かれて
(人とポケモンは)
(絆で繋がってる)


20140129

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