リナはウバメの森内を駆けていた。

方向なんて定めずに、ただ、ただ、駆けていた。

そうだ、そうだ、そうだった!!

なんで気が付かなかったのだろう。あの男のやりそうな事だ。

今、行っているらしいポケモンリーグでのオープンセレモニー。

そこにジムリーダーは集まっている。

それ事態はポケモン協会の思惑。だが、そのセレモニーはあの男にとって郭公(カッコウ)の餌となる!

なぜなら、そのジムリーダー達を一気に束ねて、縛る事が出来るのだから。

どうやってそんな事をするかまでは、そこにいない自分には分からない。

だが、あの男なら  

(アンタの野望  ぶっ潰す!)

その時、足元に鋭い攻撃が発せられた。

「ッ!」

それをどうにか避ける。

あんな速さ  尋常では無い。




「アラ、外しちゃった」




そこに立っていたのは、蒲公英の髪をふわふわと弾ませ、真っ白なワンピースを着付けている少女  




「ざーんねん」






  ナナだった。






「アンタ、は……」
「初めまして。……ううん、お久しぶり、かしら?」

不敵に笑みを浮かべる彼女は大層な美少女だった。

それでも胡散臭げなのは、愛嬌と言った所なのか  

「……わたしはアンタなんて知らないわ」
「ふぅん? でも、あたしの正体。貴方なら気付いてるはずよね」

クスクスクス、と弾むように笑う彼女はまるで童話の中の住人。

妖精のようで、魔女のようで、幽霊のようで、

「ねぇ、なんとか言ったらどう?」

ザシュッ、と風を切るように放たれる攻撃。

それはリナの横を通り過ぎ、後方の樹木に刺さり、樹木を揺らす。

それでも身動き一つ、しない。

「そうね、強いて言えば」

クスクス笑っているナナの対象で、リナは冷たい表情だった。







「逃げ出さなかった、お間抜けってトコかしら」







「このっ!!」怒りを露にして、ナナは先程と同じ攻撃を放った。

しかし  

「なっ……!?」

ボトリ、とニャースは、ニャース以上の速さで攻撃されて転げ落ちた。

「甘い」

素早さだけが洗練されたニャース。だが、速さだけなんて、甘すぎる。

野球の玉が速いだけなんて、何回か見れば、いずれ打てるようになる。

それと全く同じ。

リナにとっては、何回か≠ニいうのは一回≠セけで充分だ。

「へぇ……やっぱり、特別枠≠ヒ」
「……」
「あたし等の存在に気付いただけで凄いって言うのに」
「……」
「クス、天才≠ヘ違うわねぇ?」

神経を逆撫でされているような、不快な感覚。

しかし、それに乗ってはいけない。それが、相手の能力≠ネのだから。

惑わす能力=Bそもそもそんな物、誰でも使えるようになる能力だ。

惑わす、というのは、魅惑、誘惑、とにかく人の考えを混乱させる事。

だがナナの場合は、それが最も優れていた。

きっと天下一品だろう。

「……やっぱり、あたしの能力はあのルナって子から聞いてたのかー」
「ええ。惑わす能力=B口も上手くて、幻影も見せられる」
「あたしの手の内が分かってるなんて、不利ねぇ」

そんな事を言いながら、クスクスと笑っている。……これも惑わそうとしているのか。

「じゃあ、見せてあげる。その幻影≠」
  ッ!」

ぐにゃり、と突然空間が歪み出す。

その歪みはリナの気分を不快にさせる。目を瞑っても、それは同じだった。

少しだけ足がふらりとした時には、周りはとんでも無く、不気味に変わっていた。

「こ、こ、は……」




そこは、仮面の男に捕らわれていた場所だった。




「……懐かしい、より、忌まわしい、わね」

少し、汗ばんでくる。

きっと条件反射という物だろう。幼い自分は、恐怖と嫌気で一杯だったのだから。

そんな時、見覚えのある顔が出てきた。

リナの心臓は、高鳴るどころじゃ無い状態だった。



『能力≠使え』



嫌だッ、


怖いッ、



怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……ッ!!!!

何故だろう、まるで幼少に戻ったかのように、恐ろしさがリナの中を充満していた。

いつもの冷静なリナは、どこかへと消え去っていた。



『お前は天才なんかじゃない』



違うッ、天才なんだッ、誰にも出来ない、特別な事が自分には出来る。



『お前は、塵だ』



  ッうるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい、うるっさぁぁぁあい!!」

幻影の男に殴りかかるが、意図も簡単に消え去られてしまった。

リナは、膝をついた。

脱力感、疲労感、色々、リナを取り巻いてくる。

そんな中を、ナナらしい少女が空中を軽やかなステップで舞う。

『クスクスクス。ねぇ、苦しい? ねぇ、悔しい? クスクスクス』

  まるで自分を、嘲笑うかのようだった。

クスクスクス、クスクスクス、笑いは止まらない。耳にずっと鳴り響く。

リナは人形のように、なにも喋らなかった。

『ずっとそうやってると良いわ』

冷たい、声が聞こえた。

ナナの姿はどこかへと消え去った。

忌まわしい過去、それを見せられただけで、こんなに心を掻き乱されるなんて。


強くなったんじゃなかったのか?


完璧な天才へとなったんじゃないのか?


一人でも、生きていけるようになったんじゃないのか?


もう、自分が自分で分からなくなっていた。

その時  

ポン、という音を鳴らしてボールから出てきたのは……、






「マリル……」






マリルは自分を励ますかのように、側に近寄って、抱き締めてきた。

その体は、水タイプの癖に、暖かかった。

……そうだ、そうだったじゃないか。

いつもマリルは側にいて、励ましてくれた。勇気をくれた。

マリルはいつも頼り無くて、嗚呼、自分がしっかりして守ってあげなきゃ駄目なんだ。

という気持ちにさせてくれた。



大切な  兄弟。



「ねぇ、マリル」

そう言うと、キュルンとした目でこちらを見上げてくる。


「まだ、名前、教えて無かったわね」


名前、マリルの、ニックネーム。

他のポケモンに付いていて、マリルには付いていないもの。

それもまた、マリルの自信を無くす要因だったもの。


「アンタの名前は」


本当はずっと考えていた。

ずっと、本当にずっと。仮面の男の元にいた時から、ずっと。

あげたかった。でも、言う機会を逃していた。

照れ臭かったから。






「フルート」






優しく、微笑む。

他のポケモンは音楽用語なのに、マリルだけ楽器というのには訳があった。


「わたしの宝物の楽器。だから、わたしの大事な宝物である、アンタに付けたかった」


そう言うと、マリルはぶわっと涙を見せた。

嗚呼、もう、しょうがないなぁ。

涙を拭くのは、わたしの役割になっちゃってるんだから。

本当にしょうがない、わたしだけの、  妹。

優しく抱き締めると、マリルが光に包まれた。


「フルート……?」


今までマリルは条件を満たしても、姿を変える事は無かった。

それは、自分を醜いアヒルの子だと思っていたから。

自分への自信が、極端に低かったから。

でも、今、分かった。分かる事が出来た。

本当は、自分はこんなにも愛されていたんだ、と。

最も愛して欲しかった人に、愛されていたんだ。

それは自信となり、力となった。

もう、醜いアヒルなんかじゃない、だから  





「マリルリに、進化、した……!」





  美しく、強い、白鳥になってみせる。

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