「ウツギ研究所……ね」

携帯ゲームをカチャカチャと弄りながらリナは呟く。

事の発端、リナがジョウトに行く事になったのは、ルナがオーキド博士にわざわざ頼んでジョウトの博士であるウツギ博士にリナにポケモンを渡すように言ったからである。

つまり、ウツギ博士からポケモンを貰わせ、オーキド博士からポケモン図鑑を貰わせ、自分と同じように楽しい旅をさせたかったのだろう。

リナに言わせてみれば、ただのお節介だった。

しかし相手は愛しのお姉ちゃん。そんなお節介さえも愛しい。はしゅはしゅ。

「……ん?」

ゲームの画面から顔をあげ、ウツギ研究所の方を向く。

よく見たら研究所のドアが開きっぱなしだ。

「……無用心ね」

ドアの手前で立ち止まり、マリルと共に研究所内を見渡す。

「アンタ……」

その時に視界に入った、ドア付近で気絶している少年に近付こうとした。

その時、何者かの手により阻まれる。

振り返ると、そこには今イカサマ親父の所から戻ったらしいイーブイが真剣な顔でリナの服の裾を引っ張っていた。

怪訝に思ってると、イーブイが視線で床を見るように促してくる。

「これは……!」

研究所の床は、綺麗に磨かれていると思ったが、そうでは無かった。

床が氷付けになっていたのだ。

あのまま中に足を踏み入れていたら、ドア付近で気絶している少年のように転んで頭を打っていたに違いない。

「気付かなかったわ。流石シャルフ。有難う」

少し頬を緩めてイーブイの頭を撫でてやると、イーブイはいつものクールな顔を和らげた。

その時に、マリルの尻尾が微かに当たっていたなんて微塵も気にせず。

「さて、この氷付けの床は氷タイプの技ね」

ツルツルとした床を撫でて辺りをよく見渡す。

「まだ真新しいって事はこの研究所内にこれの犯人がいるって事ね」

更に奥にウツギ博士であろう人物を見つけ、より一層目を細める。

別に犯人が許せないとかでは無い。ただ単に、面倒事に完璧に巻き込まれた気がしてならないのだ。

その時、遠くから少年の声がリナの耳に届く。

「オレのリュックを返せー!!」

……なんだか見知った声な気がしたが、気のせいだと思いたい。

とりあえず、その声が聞こえたと思われる二階の様子を見ようと玄関から離れる。

瞬間、誰かがウツギ研究所の窓から飛び出してくる。

刹那の事だったが、リナの目敏さを嘗めてもらっては困る。

赤味がかった茶髪に、真っ黒な服、そして  銀色の瞳。


ドクン。


身体中の血液の流れる音が脳に響いた時、思わず木の影に隠れてしまった。

何故だろう。

まるで、銀目の少年と会いたくない、会ってはいけないと本能が言っているような、そんな感覚。

だがリナは彼を全く知らなかった。

いつものように、興味が無いから忘れたのでは無く、ある事情があって忘れてしまった事のように感じてしょうがなかった。

(なんなのよ……)

自分がなんだかもどかしく、苛々とした。

そんな主人の様子を悟ってか、マリルが困った顔をしている中、研究所の二階から銀目に続いて誰かが降りてくる。

今度こそどこかで見た事がある少年だった。

悪戯っ子のような顔に爆発した前髪、赤が特徴的な服、黄色と黒の帽子、金色の綺麗な瞳。

まだ名前は喉にでかかっている位に留まっているが、インパクト充分で、彼の顔は覚えていた。

その彼の傍らには見た事あるような無いような糸目の小さなポケモン。

小さな背中からは炎が出てきていた。

(え、まさか)

案の定そうだったようで、糸目のポケモンの背中から上の枝に向かって炎が上げられた。

(本当にやったよ……)

木の枝を炎で炙るなんて、悪ければ火事に発展しかねないのに。

リナは影で溜め息を吐いた。

「OK!!」

嬉しそうに親指を立てて言う金目だが、どこがOKなのか不明だ。危険極まりない。

銀目はすぐさま地に降り、燃える手に呻いた。

これは明らかに金目が悪い。流石にやり過ぎである。

「……マリル」

マリルはコクンと強く頷き、木の影から銀目の燃える手袋に向かって水鉄砲≠かけた。

じゅっ、と音をたてて炎が消え、当然ながら銀目が不思議そうに水鉄砲≠ェ飛んできたこちらの方を向く。

なるべくリナは気配を殺しながら自分より2倍以上大きい木の影に身を潜めた。

少し気にしながら銀目がニューラに次の技を指示をしようとする。

だが、

「遅えぜ!」

金目は銀目の首筋にキューを突き付けた。

「へっへっへっ。そしてまわりを見な!」

悪人のような笑いの金目の言葉を聞いて周りを見ると、二人の周りは綺麗に炎で囲まれていた。

何度も言うようだが火事にはならないのか。

「軽技師みてえなおまえに、これ以上動きまわられたらかなわねえからな。かこむように火ィ放ってやったぜ、へへ」

依然として金目がキューを突き付けている中、銀目が陰でなにかを弄っていた。

(! あれってまさか……!)
「オイ! カゲでなにコソコソいじってやがるんだ!? 小細工すんなよ!」

目を凝らしてみると、やはりあれはポケモン図鑑のようだ。

ただ、お姉ちゃんが嬉しそうに熱弁していたポケモン図鑑とは、少し形状が異なるようだが。

しかし、こう言ってはなんだが、こんな目付きが悪くてポケモンを可愛がりそうに無い彼に、あのオーキドの博士が図鑑を渡すのだろうか?

リナにはそれがなにより不思議で堪らなかった。

「さあ、オレにはリュックを、バクたろうにはワニノコを! さっさと返しやがれ!!」

そう言った金目の背中が影になったように暗くなる。

「ッ! ゴールド、後ろ!」

バチッ、という音と共に閃光がほとばしった。

ゴールドは目を見開き、ゆっくり前のめりに倒れていく。

それは、実際にゆっくり倒れているのか、スローモーションのように目が錯覚したかはわからない。

しかしリナにはゴールドが地に顔を打ち付けるまでがはっきりと見えた。

その時の胸が焼き付くような感覚を、決して忘れない事だろう。

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