明らかに時間稼ぎをされている。

そう気付いたルナは、段々と焦ってきた。

何かをやらなくては、という思いで空回りしてしまう事を自覚してきたルナは、何をするでもなく立ち尽くしていた。

とにかく、周りを見て状況分析をしなくては。

(ここって……何で出来てるんだろ……? そういえば、前にブルーがナツメさんと戦った時にエスパーによる幻影に襲われたって言ってた  

という事はこのナナによるこの異空間も、エスパーによるものなのだろうか。

だとしたら、相当そのポケモンはレベルが高いという事になる。

確かにただ者では無い気がしていたが、そこまでレベルの差を見せ付けられると、何だか勝てる気がしなくなってくる。

自信が無くなり、不安で堪らなくなって拳を強く握り締める。

するとピカチュウが肩に飛び乗り、ルナを元気付けるように頬を舐めて、元気に鳴いてみせた。

「そうだよね……。うん! がんばって皆でココから出よう!」
  ルナ)

その時、知っている声がルナの耳に直接響いてきた。

周りを見渡してみるが、先程見渡した時と何ら変わりのない空間が広がっているのみだった。

(ルナ、オレだ。リュウだ)
「え!? リュウく  
(ああ!! 声を出すな!! お前は今、ナナに監視されている!!)
(え……)

視線だけをさ迷わせるが、ナナらしき人物はいない。

しかし、よく考えてみれば彼女は惑わす℃魔ェ出来るのだから、自分の姿を眩ます位苦ではないだろう。

そう考えると、リュウの言葉は嘘ではないだろう。こんな時に嘘を吐くとは思っていないが。

(今、オレの声はスターミーのコアを通してルナの耳に直接伝えている)
(そんな事が出来るんですね……)
(お前の声は、心の中でオレに話しかけてくれれば届くから。ただ、くれぐれもナナに怪しまれないようにしろよ)
(は、はい……)

言われてルナは、怪しまれないように空間内部の物に触れながら、何かを探すフリをする。

もともと、さっきまでルナがしようと思っていた事だ。どうして攻撃が跳ね返ってくるのかを知る為だ。

この行動が怪しいと言うなら、ルナの普段の行動は怪しいという事になってしまう。それはショックだ。

(どうすればココから出られるんでしょう?)
(まずは周りをよく見ろ! そこがどういう所なのか、どういう思い≠ナ出来ているかを見抜くんだ!)
(どういう思い=c…)

そんな事を言われても、ナナの事をほとんど知らないルナはホトホト困ってしまった。

(………あれ)

先程辺りを見渡した時に感じた引っ掛かりを、もう一度感じた。


フワフワと浮かび上がるニャースのぬいぐるみ。


あちこちに散らばるリュウの写真。


かなり小さい頃であろう彼女が、笑顔で写る写真。


引き裂かれた何かの写真。


原型を留めない位にぐしゃぐしゃになった綺麗な色の鳥の羽。


(……リュウさん)
(ん?)
(ナナさんはニャース、お好きですよね?)
(ああ。ネコ型ならなんでも好きだが、ニャースは特別だったな)
(では、ナナさんと腕を組まれた事は?)
(はあ!? ね、ねぇよ!!『組みましょー』って言われた事はあるけど)
(……ナナさんのご家族は?)
(………。いない)
(彼女の恨んでる人っていますか?)
(………いる)
(鳥ポケモンが嫌いですか?)
(嫌いとまではいかないが、苦手だな)

リュウの質問解答で、ルナの中の引っ掛かりがパズルのピースのように、パチリパチリと音をたてて組み上げられていく。

また、リュウも後半辺りでルナの目の前に広がる世界、思い≠ェわかった気がした。

「……分かりました。この空間がどういう思い≠ナ作られたのか」

ニャースのぬいぐるみと、リュウとナナが仲良さげに腕を組んでいる写真を見た時点で気付くべきだった。




「ここは  ナナさんの理想郷(ユートピア)!」




次の瞬間、辺りがガラガラと音をたてて崩れていく。

逃げなくてはと思った時には、もう元のスオウ島に戻っていた。

目の前にはパチパチとささやかな拍手を贈るナナの姿が。

「正解」

ニコリと笑う彼女はやはりあまり良い雰囲気を感じさせなかった。

(気を抜くなよ)
(……わかってます)

いつ来るかわからない攻撃に、ルナは用心して身構えた。

「カモミール」

ニャースが突然複数になる。……影分身≠セ。

どれが本物かわからずに、ルナとピカチュウは焦りを顔に浮かべながら、複数になったニャースを見渡していた。

「本物は」

来ると思ったが、ニャースはルナの真横を通り抜けただけだった。

「この子」

にんまりと勝ち誇った顔になるナナ。

その本物のニャースがくわえているのはボール。唯一のハイパーボールだった。

「しまっ  !泥棒!?」

しかもよりにもよって、腰についていたボールではなく、

「この子。色違いのブラッキーなんでしょ? 綺麗ね、高く売れそう!」

ドクン。

身体中の血液が一気に流れるような、気色の悪い感覚。

(……どうしたルナ)

スターミーのコアから伝わってくる感覚に、リュウは声をかけるが本人はどうやら気づいていないらしい。

「この子でしょ、アナタの両親が殺された『もう一つの理由』」

ドクッ、ドクッ。

胸が痛い。息が苦しい。足がすくむ。身体中の感覚が無い。  こわい。

(おい……ルナ! ルナ!!)

ドッ、ドッ、ドッ……。

自分が、ルナの感じている全てを共有している今、ルナの鼓動が早くなるのがわかった。

リュウは胸を鷲掴みにする。

彼女が動揺するのも仕方が無いと思うが、それこそがナナの目的であると思うと、少し焦りを感じてきた。

ふと、目の前の光景が誰かの家になる。

(ここって……)

自分はこの場所を知っている。なぜなら、先程そこにいたのだから。

(ルナの部屋?)

またナナの惑わし≠ノかかってしまったのだろうか。

いや、そんな前兆は全く無かった上に、何だか様子が可笑しい。

突然、ボウ……と浮かび上がる小さな少女。

(この子はルナ!? 可愛  じゃなくて、なんで……)

わかる事と言えば、この小さな少女は過去のルナである事。

それと、まだ核心はいまいち無いが、

(これは、ルナの記憶なのか……?)

もしかしたら、スターミーのコアを通して伝わり、しかもそれがナナの惑わし≠フ名残で具現化したのかもしれない。

ありえない。と思いたいが、先のナナの惑わし≠この目で見てしまったら、信じるしか無かった。

それにしても、過去のルナは何をしているのだろう。ずっとうずくまっているが。

見ていられなくて手を伸ばすが、

バタバタバタ!

そんな乱暴な足音が聞こえたかと思えば、今度はバァンと無理矢理扉をポケモンの技で壊して、黒づくめの男二人が入ってきた。

見覚えがあるなんてものじゃない。その男達はちょっと前までの自分と同じロケット団だった。

「オイ、ガキ。この家にはミュウだけじゃない、珍しいポケモン持ってるだろ。出せ」
「あのなぁ、怯えちまうだろ。こういう時は優しく言うんだよ」

手本だとばかりにその男がルナに近付いた。

「止めろ!!」

思わず止めに入るが、自分が透明人間かのようにすり抜けてしまう。

これは記憶。もう既に起こってしまった出来事なのだ。

(見てるしか出来ないってのかよ! クソッ、ルナ!)
「お嬢ちゃん? ママやパパから自慢されたポケモンさんいるでしょ? そのポケモンさんをオレにくれないかな? そうすれば君にはなにもしないよ?」
「………んで」
「はあ? 何かな?」

ここで初めて過去のルナが口を開いた。今と変わらない可愛らしい声は、とても震えていた。

「なんでポケモンのせいでこんなに危ない目に合わないといけないの!? なんで……あなたたちはそんなもののために……!」
「五月蝿ぇ! 早く寄越せ!」

側にいたズバットの鋭くなっている翼がルナの喉仏目掛けて降り下ろされる。

もう、どうにでもなれという感じでルナは目を閉じた。

その時  そのズバットを白い物体が体当たり≠した。

「そこまでじゃ!」

丁度通りかかったオーキドだった。

それからは、ロケット団二人をオーキド博士が追い払い、ルナを優しく抱き締めてあげた。

最近はきちんと笑い、泣くようになった矢先の出来事だった。

それまでは全く泣かなかったからか、すっかり泣き虫になってしまったルナはオーキドの胸の中で大泣きしていた。

「私ッ……これじゃあ、ポケモンを嫌いになっちゃうよ……!」
「……それならワシの研究所を手伝ってみんか? ルナなら大歓迎じゃ」

自分の心を温かくしてくれる手の温もりと笑顔。


  ポケモンだけは嫌いになってはいけないよ。


(うん……わかったよ、パパ  

その声がリュウに伝わったかと思えば、元の場所に戻っていた。

どうやらルナの記憶がそこで終わったようだった。

ルナはどうしたんだ、と若干ハラハラとしてくる。

「私は……」

スターミーのコアから伝わる彼女の凛とした声。

「絶対にブラッキーを取り返してみせる!!」


分かつ者の獅子奮迅
(いつまでも記憶に蝕まれる)
(私じゃない!)

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