「ん……?」

少しの浮遊感。

別に浮いてるわけでもないのにも関わらず、夢でも見ているようなウトウトとした感覚だった。

例えば部屋が寒くて、自分が被っている布団はぬくぬくとしている時に、布団から出たくなくなるような心境に近い。

一種の現実逃避なのかもしれない。

それでも、起きなくてはならない理由があるように思えて、リュウはうっすらと目を開けた。

「良かった……! 目が覚めましたか?」
「……ルナ?」
「はい!」

にっこりと向日葵が咲いたような笑顔を見せる彼女は、間違いなくルナだった。

しかし、あの時自分とルナはナナによって離れ離れにされた気がしたが  

「どうかしましたか?」
「……ん、なんでもない」

ポンポンと頭を撫でると、ルナは嬉しそうにへにゃと笑った。

「つか、ここどこ」
「えと……ここはマサラタウンとトキワシティの境目ですね」
「へー……え?」

それはつまり、ルナの家がある所ではないか。

辺りを見渡してみると、確かに緑が沢山あるルナの家付近だった。

どうしてスオウ島からいきなりこんな所に飛ぶんだ。

そんな事をこっそり思ったが言わない事にした。

「リュウ君、こっちこっち!」
  あ」

ルナは上機嫌で自分の家がある場所まで駆けていってしまった。

やれやれ。ふーっ、と息を吐いてルナの後を追った。


◆ ◆ ◆



ルナの庭は相変わらず花畑のような豪華さがあった。  一つの違和感さえなければ。

「こっちです、こっち!」

はち切れんばかりの笑顔を浮かべて、ルナは家の奥へとリュウをいざなった。

そこは、リュウも踏み入れたことの無いような空間が広がっていた。

可愛らしいぬいぐるみが立ち並んでいたり、ルナが好きそうな様々な本が並んでいた。

「リュウ君!!」
  !」

突然、ルナが抱きついてくる。その時に、フワリと花の香りが鼻についた。

リュウは驚いて漆黒の瞳を見開かせる。

「私、あの……リュウ君が……好きです」
「!」

真っ赤な顔でモジモジとしながら、ルナは自分の心を奮い立たせて想いを告白した。

ただただ驚いているリュウにルナは優しく微笑んだ。

「私と……ここで一緒に暮らしませんか?」
「え……」
「こんなに広い空間に、一人なんて寂しいですし……」

「ね?」ルナは可愛らしく首を傾げて、上目使いでリュウを見つめた。

その仕草に少しのトキメキを覚えながらリュウは、ルナを抱き締め返した。

すると、ほんの少しルナの体が強張るのを感じた。

「あぁ。勿論だ」

そう返すと、ルナの顔が一瞬だけ寂しそうになった後、いつもの向日葵のような笑顔に戻った。

  嬉しい!!」
「ただし  

そこで区切って、リュウは優しくルナを引き離した。



「お前がルナであれば、な」



「……え」

ルナの額に汗が伝う。

目は動揺しているからか、焦点が合わずに揺れ動いている。

「な、なに言って  
「お前は……ナナだろ」

その瞬間、ぐにゃりと辺りの景色が歪んだ。

ルナの家の景色が無くなり、どこでもない不思議な空間に成り果てた。

目の前のルナだった少女もいつのまにかナナへと形を変えていた。

「……いつ、わかったの」
「最初から」
「……最初から?」

ニッコリと笑って言うと、ナナは一気に力が抜けたのか、力無く呟くように言った。

「まず離れ離れになったはずなのに、ルナがいるわけねーだろ」
「それは……」
「後、マサラとトキワの間  つまり、ルナの家の近くにお前が飛ばすとは考えられない」
「……」

それについては、ナナも無理矢理すぎたかもしれないと心配した所だった。

「あ、それからルナは頭を撫でると『あぅ』と鳴く」
「あ、『あぅ』? な、鳴くって……」

ルナもルナだが、リュウの言い方はまるでルナが動物やポケモンのようで、ナナは耳を疑った。

「それと、花畑みたいなルナの庭にポケモンがいなかった、とか数多くのぬいぐるみの中にルナの好きなピカチュウがいなかった、とか大体ルナはオレに告白なんかしない、とか他にも  
「も、もういいわよ!」

まだまだリュウの口から出てきそうな指摘を、見かねたナナは強制終了させた。

それ以上聞いたら、立ち直れなくなりそうだった。

「お前の惑わし≠ネんかオレに効かねーって」
「そうみたいね……」

ナナは悲しげに目を伏せた。

それは、リュウの観察力が良いというだけでなく、ルナの事をよく見ているからなのだという事に気づいてしまったから。

自分で自分の首をキツく絞めておいて、段々とルナへの憎しみが大きくしていっている自分がどうしようもなく情けなくて、格好悪くて。

「んじゃ、ここから出し  
「ヤダ」
「ヤ、ヤダってお前な……」
「おいで、ツバキ」

すると、しゃなりしゃなりと優美に出てくるペルシアン。

「この子はニャースほどのスピードは無いけれど、その分パワーがあるっていうのは知っているわよね」
「ああ……まぁ、ね」

『ニャースほどのスピードは無い』といっても、ニャースのスピードが尋常で無い位に速いので、このペルシアンのスピードが他と比べ物にならない位に速い事も知っていた。

スピードの速いポケモンがいないリュウにとっては、なるべく戦いたくない相手だった。

これだけ速いと、こちらの攻撃はほとんど当たらず、あちらの攻撃がこちらに当たるのみである。

明らかに不利であった。

「じゃあ、あたしは『あっち』に行くわ。あの子が倒される前にペルシアンを倒せると良いわね。……もっとも、ペルシアンを倒せたってここから出られるわけでもないけど」

「じゃあね〜」と言ってこちらに投げキッスをしてくる。

全くトキメかない。仮にいつもはトキメくとしても、この状態では何をされても殺意しか込み上げてこないが。

「くっそ! ……ルナ!」


偽わる者の状況分析
(嘘だけは得意でね)

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