今頃、彼女に惑わ≠ウれていた事に気がついても、もう遅かった。

彼女のショーは、既に始まってしまっていたのだ。

二人は  見る事しか許されない。



「チッ、舐めやがって!」

リュウは舌打ちをすると、ガルーラにメガトンパンチ≠指示する。

「させないわ!」

ナナは、リュウに指差すように腕を前に突き出す。

「リュウ君!」
「ルナ  

しゅるん。

ルナはその大きめの瞳を、目一杯見開いた。

彼が  リュウが、自分の名前を最後に口にして消えてしまった。

それはまるで魔法のようだった。

綺麗に跡形もなく。ガルーラごと。この場には、もう、自分とナナしかいなくなってしまった。

「リ……リュウく    ん!!!」

脱力したように、ルナは床に膝をつけた。

「残念だったわね。フフ」

楽しそうに笑っている彼女を、呆然として見つめる。

彼女が消したのだろうか。……否、そんな事普通の人間に出来る訳が無い。

「リュウ君を……どこへやったんですか?」
「異空間」
「……いくうかん?」
「ハッキリ言っちゃえば、そんなカ・ン・ジ」

パチリとウインクしてみせる彼女は、アイドルばりに人を誘惑する力を持っていた。

しかし、異空間とはどういう事なのだろうか。

「言っておくけど、あたしが送ったんじゃないわよ?」

自分はそんな事が出来るような魔法使いなんかではない、と言うかのようだった。

「さて、どうするの?」
「……どうと、言いますと?」
「この島から潔く身を引くって言うなら、お姉さん何もしないんだけどなぁ」
「いっ、いいえ! 私は、貴女を倒してワタルさんを倒しに行きます!」

そうだ。こんな所で立ち止まっているわけにはいかない。

腕についているイエローとお揃いのミサンガに誓って、カントーを守り抜いてレッドに笑顔で会うと決めたのだ。

「そう。  残念ね」
「あぐっ!!」

鋭く、素早いパンチがルナのみぞおちに入った。

ポケモンでもないルナは、当たり前だが苦しそうに歯を食い縛っている。

目がかすれて、視界がよく見えない。

「う……ゲホ、ゲホッ!!」
「戦いはね、決して安全なものとは限らないのよ?」
「!」

もうろうとした意識の中、なんとかニャースの引っ掻き攻撃を避ける事が出来た。

だが、それだけだった。

こんなに激しい攻撃を自分自身になんて、生まれてこのかた一度も無かったものだから、混乱している。

(もしかして……レッド君も、四天王を倒された時にこんなに痛い目にあったのかな……)

相手のポケモンの技が、レッドを打撃する所を想像すると苦しくて、目を固く瞑って痛む胸を鷲掴みにする。

ルナはゆらりと立ち上がった。

「……!」
「こんなの……レッド君が受けた攻撃に比べたら……全然、へっちゃらです……!」
「……へぇ」

てっきり、すぐに涙を溢して絶望し、リュウを置いてそそくさと逃げ出すかと思ったのだが。

それどころか、先程よりも強い光を宿した、揺るぎない瞳になっているではないか。

「……じゃあ、この惑わし≠貴女は攻略出来るかしら?」

ぐにゃり。

空間が歪んだような感覚に襲われた。  否、『ような』ではない。

実際に、ルナの目の前の景色は歪んでいた。

「あ……う、あ」

見ているだけでも、立っているだけでも、気分が悪くなって倒れてしまいそうだった。

しばらくして空間が歪む感覚が消えていく。

  !? え!?」

目を開くと、目の前の光景は目を疑うようなものになっていた。


フワフワと浮かび上がるニャースのぬいぐるみ。


あちこちに散らばるリュウの写真。


かなり小さい頃であろう彼女が、笑顔で写る写真。


引き裂かれた何かの写真。


原型を留めない位にぐしゃぐしゃになった綺麗な色の鳥の羽。


「ここは……どこ?」
『クスクスクス……』

どこかから聞こえてくる、少女の笑い声。

スッとナナが突然姿を現した。ルナはいきなりの事に、短い悲鳴をあげた。

ナナには間違いないのだが、何か雰囲気がおかしかった。

『何言ってるの……? さっきの場所から一歩も動いてないじゃない』

  そうだ、声だ。

ナナの声が、近くではなく遠くから聞こえてくる気がするのだ。

そのせいでナナの場所の間隔が掴めなかった。

『クスクスクス……』

フワリと妖精のように飛んでいってしまった。

これは、現実なのか?

ドクン。ドクン。ルナの鼓動はこの奇っ怪な空間のせいで、はっきりと感じられる位に高鳴っていた。

「とっ、とにかく! この空間から抜け出さないと……」

恐怖で苛まれる体と心を落ち着かせるように声を出すと、ピカチュウが自分から出てきた。

「チュカ……。うん、そうだね。まずはやってみる事が大事だよね」

ピカチュウの気持ちが分かったルナは、背中を押されたようで、小さく微笑んでうなずいた。

とりあえず、この空間がどういうものなのか知る必要があった。

「よし! チュカスピードスター=I」

幾つもの星が、物凄いスピードで飛んでいく。

「……え。ええええええ!?」

戻ってきた。

急いでルナは逃げる為に駆け出した。

どうして前に放った攻撃が、ブーメランのように戻ってくるのか理解が出来なかった。

「び、びっくりした〜。何で戻ってきたのかな?」

ピカチュウに言うと、ピカチュウも不思議に思うのか首を傾げてくるのみだった。

「よ、よし。もう一回……十万ボルト=I」

ピカチュウの両方の頬っぺたから大きな電撃が放たれた。

「……良かった。今度は戻ってこなかっ  ええええええ!? 今度は倍になって戻ってきたああ!!」

また、急いでルナは逃げる為に駆け出した。

普通に放った十万ボルト≠ェ、百万ボルト∴ハの威力になって戻ってきたのだ。

「ど、どうなってるの……?」


惑わす者の本領発揮
(『クスクスクス』)

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