「では、オレはこれで」
「……ちょっと待て」
「なにか?」

まさか、情報をぼかした事に対しての不平不満を言うつもりなのだろうか。

その時はどう立ち振舞おうか。だがしかし、相手はあの竜使いワタルだ。

失敗して下手に逆上させたら後が怖そうだ。

リュウはしばらく様子をうかがっている事にした。

「いや、な。追加の依頼を頼みたくてな。ダメか?」
「なんだ。そんな事だったら、いつでも大丈夫ですよ」

心の中でほっと息を吐いて、リュウは世間様向けの爽やかな笑顔で言った。

これでマダムもノックアウトだ。

「フッ。そうか。では、マサラとトキワの血を受け継ぐ娘、ルナの情報が欲しい」

聞いた瞬間、リュウは動きを止めた。

「数日前に初めて会ったんだが、昔の知り合いの娘らしくてな。少しだけ興味が湧いたんだ」
「そうですか」

それまで、交友的な笑みを浮かべていたリュウの眼が、ギラギラと敵意剥き出しに光っていた。

そんな異変に気がついたワタルは、不審に思ったのか目を細めてリュウを見る。

空気は一気に張り詰めたものへと変わっていた。

「でも……残念ですね。それだけは絶対に永遠にどんな事があっても決して毛頭教えられません」

それだけは、どんな事があっても教えたく無かった。

「……なぜだ?」

怒り狂った様子はなく、ただ純粋に疑問に思っているようだった。

どうしてそう、頑なにまで固執するかがわからない。そうワタルの顔に書いてあるかのようだった。

「誰よりも……大切、だから」

彼女の笑った顔が眩しくて、見るだけで心が温かくなって、悲しい顔なんて見たくないと思う。

不幸な彼女の過去を知って、何よりも、誰よりも幸せになって貰いたいと願ってしまう。

この気持ちを気付いてくれなくとも、彼女が自分じゃない違う男を好きになったとしても、彼女が幸せならそれで良いと、初めて思わせてくれた。

彼女に会えて  本当に良かった。

嘘でも偽りでもなく、そう思う事が出来た。

「なら、戦うか?」
「ああ」

躊躇いは無かった。先程まで争いを避けて、ワタルの顔をうかがっていたのが嘘のようだった。

パチン、と指を鳴らしたワタル。

地面からはカイリュー達が、数匹程出てきた。

正直、勝機は無いに等しかった。

しかし、諦める事だけはしたくは無かった。諦めたら負けを認める事になる。

そんなのはお断りだった。

リュウはカイリューの入ったボールを握り締めた。

カイリュー対カイリュー。長期戦にはなるだろうが、突破口を開く鍵としては一番適役だろう。

幸い、隙を突くのが上手いリュウなら、勝負を有利に運ぶ事も不可能では無い。

勝利の兆しが見え、少しニヤッと口角を上げた。

負ける気は、もう無かった。

ボールを振り上げようと構えた  が、

「まぁ、待て。無駄なバトルは虚しいだけだ。お前がそこまであの女に好意があるのはわかった。情報は気が向いたらで良い」

余裕のある笑みを浮かべるワタルに、納得がいかなさそうに睨み付ける。

なんちゃって、ウソだよ〜。とかだったらシャレにならなかった。

隙を突くのが上手いからこそ、隙を突かれたらプライドに障る。

しかし、ワタルはその考えを見抜いてか、溜め息を吐いた。なんだかムカつくのだが。

「何もしないと言っているだろう。疑り深いヤツだな。……それとも、自分のあらぬ誤解のせいで死にたいのか?」

一転してキツい目付きになる。

本当に何もしないらしい。それどころか、疑われて腹が立っているようだった。

「……わかりました。すみません、ちょっと疑心暗鬼気味で。  ツバサ」

持っていたボールから普通にカイリューを出した。

「オレがやったカイリューか。上手く育っているようだな」
「お陰様で」

二年前、ワタルに頼まれた情報の報酬が、カイリューのツバサだった。

ワタルでさえ手をつけられなかったカイリューを、持て余していたようだ。

押し付けられたような感じで、貰った時は笑顔の裏で不満たらたらだったが、それまで移動手段が少なかったリュウには有難い事だった。

「では」

突風を巻き起こしながら、カイリューが羽ばたく。

その背中に飛び乗り、気付かれないようにワタルの顔を盗み見た。

リュウの不安を裏切るかのように、特に怒っている様子も無ければ、妙な様子も無かった。

  なんなんだ……。

逆にこうも大人しいと、気持ち悪いわ怖いわでリュウは変な汗をかいていた。

「んじゃ、早くこっから退散するとしましょうか……って、なんだ? 相方」

ワタルの気が変わる前に、早くこの島から出てしまおうとした時、自分の片腕であるピカチュウにネクタイを引っ張られる。

「ん? それは……」

ピカチュウの口にくわえられているのは、銀のスプーン。

「そういやあ、ナツメが前に『もしもの時のスプーン≠諱B絶対持ってなさいよ』とか言ってたなぁ。確か」

モノマネを交えて言うリュウ。全くもって似てないが。それどころか、嫌味としか思えない位憎たらしかったが。

リュウはくわえられているスプーンを取る。

  と、

「うわっ。なんだ!? 曲がったぞ……!?」

あらぬ方向に突然曲がるスプーン。

色々と嫌な予感しかしなかった。ましてや、『あの』ナツメが渡してきたスプーンだ。良いものなわけが無かった。

ハァ。溜め息を一つ溢して、リュウはスプーンの曲がった方向へとウインディに股がり、向かった。

それが、ルナやイエロー達との再会をする事になるとは露知らず……。


◆ ◆ ◆



ワタルとの一連を思い返し終えたリュウは、今度は静かに目を開けた。

目の前にはビジネスの邪魔をしようとする自分を睨む幼馴染み。

そして  自分の一番大切な人が、心配半分悲しみ半分で自分を見つめてくる姿。

もう、迷わない。

どんなに自分が傷付いても、誤解をされても、大切な女の子だけは守りたいと、そう思える事が出来たから。

「でもな……決して人を傷付ける事はしてない!!」

それが、彼女の笑顔のお陰で変われた自分だった。


愛しい人への強き想い
(これだけは大事にしたい)


20130310

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