ルナの首に巻いた、彼と同じ色のスカーフが風でなびく。

いつものルナでは少しあり得ない位の仁王立ちで、ジュゴンの上に立っていた。

その鋭い瞳の先には、髪の毛が逆立った特徴的な彼  ワタルとハクリューがいた。

ボールを構えるルナ。

……普通ならばイエローを守るかのように、隣にいるはずのルナだが、今は一人でワタルに立ち向かっていた。

なぜそんな事になったのか。それはさほどの時間を遡らなかった。


◆ ◆ ◆



それは、やっとイエローが波に乗るのに慣れ始めてきた頃だった。

「ふぅ〜。ようやくコツがわかってきました」
「なかなか筋が良いですね。飲み込みが速いです」
「い、いえ! ルナさんの教えかたが良いんですよ!」

互いに謙遜しあってしまう。

これではいつになったら終わるのかわかったものではない。

「!」
「……? どうかしましたか?」

突然、動きを止めたルナをイエローは不思議そうに顔を覗き込んできた。

ルナはバツが悪そうに口ごもると、来た道を見つめた。

少しの間見つめていると、決心をつけたように眉を吊り上げてイエローに向き直る。

「私……少し野暮用を思い出したので、先に行って待っていてくれませんか?」
「え……」

その言葉で全てを悟ったのか、イエローは一気に表情を暗くした。

「どうしてもいかなくちゃ、いけませんか……?」

上目使いで、泣きそうな顔をしてイエローは訴えた。

いつしかのリナのようで、ルナは胸を打たれた。

しかし、

「……はい」

これだけはどうしても譲れなかった。

一層張り裂けそうな、切ない顔をするイエローが愛しくて、ルナも張り裂けそうで切ない顔になる。

「大丈夫。私は、大丈夫ですから」

それでも、まだ不安そうにルナの服の裾を掴んだ。

「……」

じっとイエローの瞳を覗き込む。

フワリと微笑むと、そのまま背を向けてしまった。

後ろで小さく息を吸う音が聞こえた。

  っ」

後は、後ろを振り返らず猛スピードで来た道を戻った為、イエローがどんな顔をしていたかはわからなかった。


◆ ◆ ◆



結構イエローと分かれた所から遠めの場所で、急ブレーキをかける。

それとほぼ同時に、微かに揺れた水面から人間とポケモンが飛び出してきた。

「……ほう。戻ってくるとは、見上げたものだな」
「貴方とまだ話してない事があったので」

四天王の将  ワタルがなんともなかったように不敵に笑う。

「そうだな。じゃあお前の正体を聞いてやろうじゃないか」
「私は  

揺るがない強い瞳で、ワタルを睨み付けた。

「元ダブルチャンプの娘  ルナです!!」
「!」

今まで余裕に満ちていたワタルの表情が動いた。

かと思えば、ワタルはニヤリと口角を上げた。

「なるほど。確かに言われてみれば、見たような顔だな」
「私の両親は、悪事をさせる為にチャンピオンを譲ったわけじゃありません!!」
  ……それだけか」

「え?」思わぬワタルの反応に、少し焦ったような顔をする。

「それだけか? ……ポケモンリーグ三位を勝ち取った、神の愛娘<泣iよ」
「な、んでそれを……?」

フッとワタルは少しルナをバカにするように笑みを浮かべた。

「ポケモンリーグ、見させてもらった」
「……悪事の他にも、陰でコソコソ覗き見するのが趣味なんですか」

ルナなりに嫌味たっぷりに言うが、ワタルはそれでも余裕の表情を崩さない。

まるで、ルナと自分は天と地ほどの差があるんだと言わんばかりだった。

「フッ。まぁ、そう思うのならそう思っていてくれて構わないが」
「……じゃあ神の愛娘≠ヘ? あれはリーグは関係ありませんよ」
「それはお前の両親が口にしていたんだ」

全く予想していなかった答えにルナは息を飲んだ。

「……何で……?」
「『私達の娘は神の愛娘≠諱B神に愛されているわ』」
  !」
「そうお前の両親が言っていた。……なんて平和ボケした奴等だと思った」

その言葉で、ルナは今までのどれにも優る恐ろしさを見せる目でワタルを睨んだ。

ルナは友達やポケモン、家族を侮辱されるのが一番許せないのだ。

それに対して、ワタルはほんの少しハッとした表情を見せた。

「やはり、戦いや怒りを見せた時に人が変わるのは親譲りか」
「え?」
「自覚なしか。本当にお前は両親にそっくりだな」

大好きな両親にそっくりだと言われ、一瞬嬉しくなるが、それは平和ボケしているという事かとムッとした。

「誉めてやったつもりなのだがな。まぁ、良い。それで、お前はどうして戻ってきたのだ。……まさか、話してない事があっただけでは無いだろう?」

やはりバレていたかと、ルナは表情を戻してワタルを静かに見据えた。

「貴方を倒しに来ました」


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