ルナは信じがたい光景に、ただただ口をポカンと開けているのみだった。

いや、もしかしたら想定していたのかもしれない。

このなみのりコンテストの豪華賞品に、とてつもなく怪しいと感じた時から。

『な…、な、な…! 何が起こったのかわかりませんっ! と、突然ハクリューの周囲にうずが出現し、選手たちが巻き込まれて…!?』

当然、突如起こった現象に驚くわけで、真っ青な顔をしながら必死に司会者として、現状にコメントした。

その内にも、コンテスト参加者は溺れかけている。

『あれはなんでしょう!? ハクリューの頭上に、人影が!!』

シルエットからでもわかる独特な、重力を一切無視した髪でマントを羽織った男がこちらを振り返った。

「うるさいぞ」

  ワタル……さん!

直接会ったことは、少なくとも物心ついた頃には無い男の名前を、吊り上げた瞳で睨んでいた。

しかし、次の瞬間にはどうして睨んでいたのかわからなくなるくらいに、目を疑った。

軌道が変わる光線を、クチバの町の方に放ったのだ。

それによってますます荒れ狂う波に、選手達は流されてしまった。波によって、身体を宙に浮かせたものもいる。

ポツリとはかいこうせん≠ニ呟くワタルに、ルナはゾッとして身体を震わせる。

そんなに何でもない顔で、町を破壊するなんて人の所業じゃない。

「出てこい! どこにいる!」

まるで誰かを探すように声を張り上げるワタル。

一体誰を探しているんだ。

当然ながら、そんな疑問が浮かぶ。

「……、もう移動していたか? フフフ。行くぞ、ハクリュー」

行くぞ? こんなに多大で膨大な迷惑をかけておいてそれは無いだろう。

ルナは夢中で駆け出し、海の向こうに消えていったワタルを追いかけていた。

離れた砂浜で、驚いてルナの背中を目線で追っているイエローを残して。


◆ ◆ ◆



「ワタルさんッ!」

広い海の上で、少女の可愛らしい声が響き渡った。

ワタルは見知らぬ声、しかもこんな所で少女に声をかけられる謂れは無い為、不思議そうに振り返った。

全く見覚えが無い顔に、より一層不思議そうに眉を寄せた。

「誰だ、おまえは」
「私は……」

その時、ワタルの乗っているハクリューにピカチュウがくっついてきた。

左耳の傷  レッドのピカチュウだった。

「……。なんだ、おまえは!?」

という事は、まさか  

ルナの予想は当たってしまったようで、遠くからイエローがこちらへと向かってきていた。

正直、絶望してしまった。

イエローにワタルが、チャンピオンであるワタルに勝てるわけが無いと思った。

ワタルはピカチュウを手に乗せながら、ハクリューの頭をイエローの位置まで下げさせた。

「イエロー……」
「……。なんのために追ってきた!?」

ピカチュウをイエローへと投げ捨てた。

それを受け止めながら、必死な顔でワタルの顔を見るイエロー。

「町を…! なぜ町を!!」
「捜し物をしてたのさ。ああやれば、よけいな手間がはぶける。…まあ、結果的には無駄足になってしまったがな」

なんの事も無いと言うように、さらりと言い放つ。

「そのために多くの人やポケモンが…」
「死んじゃあいないさ、あのコンテストはクチバの一大行事だ、町自体は空っぽだったはずだ」
『…えっ!?』

わざわざその時間を見計らったのか。

ルナとイエローは驚いたようにワタルを見つめる。

「フフフ、まあトレーナーの1人や2人はくたばったかもしれないが…」

悪びれた様子も無く笑ったかと思えば、ワタルはルナとイエローを恐ろしい目で見下ろした。

「…そして、おまえ達もな。オレを追ってきたということは…」

凄い勢いでハクリューが二人に迫ってきた。

いきなりの事で、ルナは怯んでしまった。

「次の朝日は拝めないということだ!」
「うぐ!」「うあ!」

ハクリューの身体がきつく二人を締め付けた。

苦しくて息が上手く出来ない。ボールに手を伸ばそうとしても届かない。

「ぐ…ぐぅ…。町を…あんなにするなんて…ロケット団のようにポケモンを悪事に利用するなんて…ぐぐ」
「悪事? …フフフ。そうか、知らなかった。オレのあの行為は悪事か」
「な、にを……しれっと言って」
「だが考えてもみろ」

ワタルはルナの言葉を遮るように言った。

その瞳は妖しく光っていた。

「ポケモンにとってはくそ狭い町まちで飼い慣らされるよりも良いとは思わないか? ポケモンが生きやすい人間は邪魔なのだ!」

邪魔? そんなわけ、無い。

そう言おうとしても、言葉が出てこない。

これは締め付けられている事以外にも、心のどこかで否定出来ない自分がいるからかもしれない。

「この世界において優秀なトレーナー以外の人間を滅ぼす! それがこの四天王ワタルの目的だ!!」

ハクリューの締め付けがより強くなった。

「うわああああ!!」「  っぐ!!」

胃が圧迫される。血液の流れが止まる。顔が青く染まっていく。

二年前よりも良くなったが、まだ身体が弱いルナは軽く意識を失いかけていた。

「ピーッ」「チューッ」

レッドのピカチュウとルナのピカチュウがイエローとルナを引っ張ったり、ハクリューの身体を緩めようとするが、力が微弱過ぎてうんともすんとも言わない。

「ワハハハハハハ!」

なんだかワタルの高笑いが遠くから聞こえる。

せめてイエローだけは助けようと手を伸ばすが、視界がぼやけて位置がわからない。

ルナの身体は限界に達しようとしていた。


否定出来ないのは何故
(私もどこかで思っていたの?)


20130113

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