三日月と満天の星が綺麗な夜空。

明日は晴れるだろうなぁ、なんてぼんやり思いながらルナはイエローの隣に立っていた。

海を眺めていたイエローが溜め息を吐いた。

「海…。どーやって渡ればいいのかなぁ〜。ここまでくるのにつかったサントアンヌ号は壊れてしまったし…」

サントアンヌ号は無惨にも、まだクチバ湾近くで甲板部分のみがひょっこりと飛び出ていた。

「ボクの唯一の水ポケモンはオムすけだけどなみのり≠覚えていないし。第一、人を乗せて海を渡れるほど体は大きくないもの」
「だからさっきから、私のゴンちゃんに乗って下さいと言っているじゃないですか」
「それはダメです!!」

眉を吊り上げて、イエローはルナに迫って断固拒否する。

どうしてそこまで拒否するのだろうとルナは首をかしげた。

「だって……グリーンさん言ってたじゃないですか。『必要以上の手助けはするな』って」
「あ……」

そう言われてみれば、そんな事を言われたような気もする。

変なところで真面目なんだなぁ。ルナは少し困ったように笑った。

「それで、新しい水ポケモンを探してはいるけど」

ざっぷんと一匹跳ねる。

「ここはクラゲくんしかいないし」

昼に進化のいし探しをした時よりはいないが、それでもやはりメノクラゲだらけだった。

メノクラゲもオムナイトと同じくらいの大きさの為、乗ることは出来ない。

「水ポケモン、捕まえてきますよ?」
「それもダメですよ! ボク一人で出来ますから!」
「あぅ……」

ホントにそれで良いのかと、眉をハの字にしてしゅんとしてしまう。

ルナはイエローの手助けを出来るだけしたいのだが……。

「あれもダメ、これもダメ…か」

どちらかと言うと、ルナにあれもダメ、これもダメと言っているのはイエローであった。

「まあいいや。ため息をついててもしょうがない」

イエローはすっく、と立ち上がり沿岸にルナを残してポケモン達のところへ行ってしまった。

「水系ポケモンを手に入れて海を渡るしかないんだし。明日、別の水辺に行って新しい水ポケモンを探そう!!」

仲良さげに意気込むイエローとポケモン達に、ルナは二年前の自分を重ねて、つい微笑んだ。

二年前迷子になったりした時、自分もあんな感じだったなと懐かしんでしまう。

「ふう。なんだか目がさえて…。今夜はねむれそうにないや。じゃあピカ、技の練習でもしようか!?」
「あ! じゃあお相手しますよ!」
「え、でも……」
「鍛練位は手助けしても大丈夫ですよ!」

「ね!」あくまでも手助けしたいようで、ルナは念を押すように顔を近付ける。

たじろぎながらも、イエローは満更でも無さそうに頬を赤らめて微笑み、うなずいた。

「……じゃあ、お願いします」
「ふふふ、任せといてください! さ、図鑑を開いて技を確認してください!」
「は、はい。えーと。今、ピカが覚えているのは…」

ルナは、あえてピカチュウの電気技に弱いシャワーズを出した。

電気タイプ対策としてシャワーズを鍛えるためだ。

「いきます!」
「はーい!」
「いっくぞお、10まんボルト=I」

激しい電撃が、シャワーズに向かっていく。

さきほどまでボケボケしていたルナはどこへやらという感じに、目をすっと細めてピカチュウの行動を細かく見た。

「今だよ!オーロラビーム=I」

オーロラビーム≠ナピカチュウの電撃を横に流した。

息の合ったコンビネーションに、イエローは呆気にとられながらも、自分も見習おうとより意気込ませた。

「フラッシュ=I」
「冷凍ビーム=I」
「でんじは=I」
「ハイドロポンプ=I」

そこでイエローの動きが止まった。

おそらく一番タイミングが難しい技みがわり≠フ事を考えているのだろう。

当のピカチュウはやる気満々というように構えている。

イエローは図鑑を閉じると、人差し指を天に掲げた。

「いくぞ、ピカ!」

ピカチュウもぐっと、依然としてやる気に満ちた瞳で構えた。

「みがわり=I」

そう指示すると、ピカチュウの体から透明なピカチュウが出てくる。

ルナ的にはピカチュウが増えたみたいでお得感を感じる。

ピカチュウと同じ顔や行動をするなんて可愛すぎる。

「やった!! あとは本体と分身にそれぞれ指示を出すタイミングを練習すれば…」
「き…えええ  

奇声の中の奇声が、二人の耳をつんざいた。

「な、なんだあ!?」
「き、きええ?」

振り返ると、高波がこっちのほうに向かってきていた。

そしてそのてっぺんには誰かの影が。

「た…助けて!」

よく見ると、その人は海パン一丁でヤドンに乗っていた。

よりによって高波がピカチュウ(とみがわり)に迫っていった。

ルナが予想した通り、ピカチュウのみがわりはピカチュウと同じ動作で驚いていた。

ザプン。

イエローとルナが助けに行こうとするが一足遅く、ピカチュウは波に巻き込まれてみがわりは一瞬の間があって消えてしまった。

「……あれ」
「ああ、分身ピカが!!」

それよりも大きい、砂にさっきの海パンの人が落ちる音がした。これは痛い。

「あいてててぇーっ!!」

海パンの人はさぞかし痛そうにじたばたともがいた。

急いでイエローとルナは海パンさんに駆け寄った。

「だ、大丈夫ですか!?」
「全然大丈夫そうじゃないですが!!」

まぁ、確かに大丈夫そうではないがそれはいわゆる蛇足というものだった。

二人は海パンさんのそばで膝を曲げた。

よく見ると、膝小僧辺りが赤く色付いている。

「骨を折ってる…。ピーすけ!」

イエローがそうキャタピーに言うと、キャタピーは口から糸を出した。

その瞬間をうっかり見てしまったルナは、顔を青白くしてさっと目を逸らした。

最近では糸で作った浮き輪等は大丈夫になったのだが、やはり口から糸を出すところは恐怖で足が震えてしまう。

さすがのイエローの天然ぶりでも、ルナのそんなあからさまに顔色を変えられたら気づくもので。イエローはルナに申し訳なさそうにしながらキャタピーをボールに戻した。

「おー。あ、ありがとうごさいマース。助かりマシタ! アタタタ」
「あっ、まだ無理しないでください!」
「こ…こんな夜中に…いったい何をしてたんですか?」
「これデースよ、コレ」

海パンの男は、二人に濡れたチラシを差し出した。

そこには、サマービーチなみのりコンテストinクチバと書いてあった。

『サマービーチなみのりコンテスト≠ァ!?』

二人にとって未知のフレーズに、思わず声を合わせて言った。

海パンの男が「ソーデース」と、エセ外国人のようなカタコトの日本語を言うと、ヤドンが岩陰からぴょこと可愛らしく出てきた。

そして海パンの男はヤドンに寄っ掛かると、背景にジャーンという言葉が出てるんじゃないかと思わせる素振りをする。

「ワタシの名は海パン野郎」
「え、それ名前じゃな……」
「これまでカントー中のあらゆるレース、コンテストに出場してきた、選手権大好き人間デース!!」
「なんだかさらりとスルーされました……、なんだか変わった方ですね……」

ルナがそうイエローに言うと、イエローもそう思ったのか苦笑いを返す。

「しかーし、明日このクチバ湾で行われる大会のために最後の調整していまシタが…、大波にのまれてしまって。この足では明日は無理デスネ、せっかく出場権を取ったのに…」

その時、イエローがチラシを見て何かに気付いたように、じっと一点を見始める。

「イエローさん? ん、何々……『豪華賞品! 優勝者には、ドラゴンポケモンハクリューを。長距離航海に最適!』……随分と豪華ですね」
「ハクリューか…」

イエローは今のいままで、水ポケモンを探していた。丁度良いだろう。

しかし、

「オー、そうダ!! アナタ出マスカ? ワタシのヤドン貸しマース!」
「ええ!? いいんですか?」
「親切にしてイタダイタお礼デース!!」

その海パン野郎の言葉に、イエローとピカチュウが嬉しそうに顔を見合わせた。

「よーし!」

しかし、

しかし、ルナの中の違和感と疑惑はなかなか晴れなかった。

本当にこんな都合の良い事があるだろうか  


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