どこか冷たく言い放つルナに、イエローは背筋が凍る感覚に襲われた。 かと思えば、いつもの温かな笑顔になる。 「イーブイはですね、イエローさんが言った通り三種類のポケモンに進化する可能性を持つ珍しいポケモンなんです。不規則な遺伝子を持っていて、石から出る放射線によって身体が突然変異を起こすんです。 その特徴通り、進化ポケモンで、体長約0.3mの体重約6.5kgです。 タイプはノーマルで、覚えられる技は体当り▽尻尾を振る▽砂かけ▽鳴き声▽電光石火▽噛み付く▽気合い溜め▽突進≠ナす」 楽しそうに蘊蓄を語る。 時折、手振り身振りでイエローを飽きさせないように説明する。 だいたい蘊蓄を語り終わった時、ルナは目を見開いて振り返る。 「ど、どうしたんですか、ルナさん」 「イエローさん……アレ……」 「え、アレ? ……うわあ!!」 警戒しているような声を出すルナの言葉に、イエローもそっちを見ると、大声を出した。 その声に、二人の近くで地形の状態を調べていたグリーンが振り向いた。 「グリーンさん!! 大変です!! あ…あれ!!」 イエローはすぐさまスケッチブックを抱きながら、グリーンに知らせる。 三人が気付いた時には、マンキー達に囲まれていた。 凄い殺気に、ビリビリとした空気が頬をかすめる。 「マンキーだ…」 「こいつらがこんなふうに殺気だっているときは…、たいがい腹をへらしているときだ」 「お腹!?」 予想外の言葉に、驚いたような声を出す。 「ああ、おそらくあの大群全体が…食料を求めて移動してきたんだろう…」 「でも見たところ、この辺に木の実や何やらがあるとは思えませんね」 「この近辺、かなりの勢いで草木が減っているようだからな。住処を追われたり食いはぐれたりしたやつらが…」 「つまりこのマンキー達、って事ですか」 二人は冷や汗を流しながら前方の殺気をガンガン出しているマンキーを見つめている。 今にも襲いかかって来そうだった。 「マンキーは怒って暴れると、手がつけられないそうです」 「え、えぇ!? わっ!」 ルナが呟くように本で見た言葉を言うと、イエローが衝撃を受ける。 かと思えば、マンキーが三人に襲いかかってくる。 素早くグリーンとルナがボールを構えた。襲いかかってくるタイミングがわかってたかのように。 「これだけの数を相手にできりゃあ本物だ」 「特訓の成果の見せ所ってわけですね」 「この包囲網を抜けるぜ!!」 「行きますよ、イエローさん!!」 「ハ、ハイ!」 殺気立つマンキー達に、三人は突撃した。 「エヴォ、オーロラビーム=I サン、乱れ引っ掻き=I」 一気に多くの数のマンキーを倒していく。 イエローを盗み見ると、それなり板についてきたのか、きちんと攻撃の指示をして倒していっていた。 それでこそ特訓の甲斐あったというものだ。 とはいえ、このままじゃあラチがあかなかった。 そう思ってルナが一番高い所に座っていると思われる影に目を向けた時、グリーンがイエローに話しかけた。 「オイ! 見ろ! あの…遠くで1匹だけ戦いに加わらないやつがいるだろう、…やつだけを群れから引き離せるか?」 「ええ!?」 そのイエローの反応がなんだか可愛くて声を潜めて笑ってしまう。 そんなことより、遠くで見ている一匹がいる場所を見ると、オコリザルがドカッと座っていた。 明らかにボス、と言う感じだった。 「やつが群れの親玉だ。他のやつはオレが引き受ける!!」 「え……、私は何を……」 「じゃあお前も他のやつの気でも引いてろ」 「なんでそんなに適当なんですか……!?」 しかし、きっちりマンキーの気を引き付けていた。 「十分離れたら…図鑑を開くんだ!! いいな!」 「…は、ハイ!! ドドすけ!!」 イエローはドードーに乗って颯爽(?)とオコリザルに向かっていく。 そして、クチバシでオコリザルの頬を軽く突くという非常に地味で小さな悪戯をした。 だが怒りん坊なオコリザルは、案の定イエローを追いかけた。 なんて心が小さいポケモンだろうか! ルナは内心そう思いながらマンキーの大群と相手をしていた。 その影響か、マンキー達は何をすれば良いかわからず、おろおろしていた。 「やはりな…、親玉の統率が乱れ、群れが混乱しはじめた」 グリーンが素早く図鑑を開いて、イエローの方に向ける。 もう片方の手には一つのボールが。 「今だ!」 図鑑から光のようなものが放出された。 それがなんなのかわからず、目を見張るばかりだ。 イエローはそのグリーンの図鑑から放出された光を、レッドの図鑑で受け取る。 オコリザルはもう頭上まで迫ってきていた。 そして拳が向かってくる メキ! 大きな音がした時には、オコリザルの拳の先にはイエローではなく、ポリゴンになっていた。 ポリゴンはダメージを受ける事は無く、三角形の光に守られていた。 ルナはその三角形の光には、覚えがあった。 確かそれは二年前のリーグ上で。 すると、三角形の光のてっぺんからビームがオコリザルへと放たれた。 そう、確かその技は 「トライアタック=v グリーンが遠くからでもわかる位、フッと笑った。 「始めてためしたがうまくいったぜ。ポリゴンの電子空間転送」 パタンと図鑑を閉じながら得意気に笑みを浮かべた。 そうだ、トライアタック≠セ。 手を合わせて一人うなずくルナ。 「ポリゴンは体そのものがプログラム。電子空間を移動できることを利用し、図鑑から図鑑へ転送したわけだが…」 本当に図鑑はなんでもできるんだなぁ、とまた感心してしまう。 そして、少し、図鑑が恋しくなった。 マンキー達は親玉が倒された今、慌てて逃げ帰っていった。 その親玉を、グリーンは少し見つめ、何か誰かに語りかけるような感じだった。 「…なかなかの動きだった、実戦はなによりの訓練……」 訓練? そんなの実戦でやればいいんだよ。 と、日頃言っていた赤い少年を思い浮かべた。 ルナはその思い浮かべた赤い少年の笑った表情を振り払うように、思いっきり力を込めて首をふった。 言葉が途中で途切れたグリーンが目を向ける方向を見ると、イエローがゴソゴソとうごめいていた。 イエローがまるで抱き締めるようにオコリザルに手をかざすと、光出した。 「!!(これが、おじいちゃんとルナの言っていた…)」 「……(お母さんが使っていた力と同じ……)」 二人はイエローがオコリザルを癒すのを見て、目を見張る。 「…おまえ…群のみんなのために食べ物を探さなきゃいけなかったんだよね」 その心優しきイエローの言葉を聞いて、ルナも優しく微笑んだ。 人は常に何かを破壊しながら生きている。この荒れた大地もその結果のひとつだった。 だがその中でイエローの能力は『与える事』だった。 ポケモンを統率することの上手さや戦闘についての知識や技術、あらゆるトレーナーにあらゆる能力があるが、イエローの力はそれらを遥かにしのぐものかも知れない。 そうグリーンは、オコリザルがマンキーの下に笑って戻って行くのを笑顔で見守っているイエローを見て、感じたのだった。 ルナもまた、イエローを見て母親を思い出していた。 ←|→ [ back ] ×
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