まだ辺りが寝静まっている時、イエローが目を覚ます。

(……あぁ、そういえばラッちゃんの姿が変わっちゃって大泣きしてそのまま……)

その時、鼻をくすぐる良い匂いがしてきた。昨日から何も食べていなかったイエローのお腹が鳴った。

目をこすって匂いの方向を見ると、ルナがお鍋をかき回していた。

「あ、起きましたかイエローさん?」
「は、はい。……あのう」
「今ミネストローネを作っているので、少し待っていて下さいね。あ! ミネストローネ食べれますか!? マトマの実を使ったスープなんですが」
「あ、はい。大丈夫です」

さっきの事があり、少し気恥ずかしくなり目を逸らした。

それにしても随分大きな鍋だなぁと思ってしまい、鍋を見つめる。

気恥ずかしい心とは裏腹に、空腹には負けるらしく、大きなお腹の音が鳴り響いた。

ルナはそれに鈴を転がしたような声で笑った。

「出来ましたよ」
「あ、ありがとうございます……って、ポケモン達の分もなんですか!?」

ミネストローネを盛った皿をラッタの目の前に置くのを見て、驚くと同時に納得した。

だからそんなに大きな鍋なのか。

「はい。基本的にポケモンは何でも食べてくれますからね」
「そう、なんですか」
「ご飯どうぞ」
「わあっ、ありがとうございます!」

凄く嬉しそうに笑ってみせるイエローを見て、嬉しくなるルナ。

『いただきまーす!』

丁寧にお辞儀をして、食べ始める。

ラッキーの卵の茹でたものが、イエロー好みの半熟で凄く美味しかった。

ふと、ルナが丁寧にミネストローネを口に運びながら話しかけた。

「『進化』の事なんですけど……」
  ッ」

いきなり痛いところを突かれ、危うくピカチュウのスプーンを落としかけた。

「『進化』って、姿が変わっちゃって最初は驚くと思いますけど、それだけじゃないんですよ」

優しい目でミネストローネをすくったスプーンを見つめる。

そして一口、口にしてニーッコリと笑う。

「何回か『進化』をしていく内に、色々なものが見えてくるんです」

黙って、イエローはルナの言葉を聞いていた。

「例えば、そこのキュウコンはロコンだった頃に比べて良い子になりました。それでも、時折ロコンだった頃の仕草を見て、あぁロコ≠ヘロコ≠ネんだなぁ、って思ったんです」

正直ルナも、進化をさせる事に抵抗があった。

姿形が変わって  なにより、ロコ≠ェロコ≠カゃなくなった時が怖くて。

そんな現実を突きつけられるのが怖くて、逃げたくて。

だから、リュウと戦うまで進化をさせなかったのだ。

しかし実際は、ロコ≠ヘロコ≠ナ、他の何者でも無くて凄く安心した。

「後、このシャワーズは、イーブイだった時は進化が怖くて避けてたの」
「進化が、怖い……イーブイが?」

ポケモン自身は進化なんて当たり前の事で、怖くなんか無いのかと思っていた。

「はい。三種類のタイプを自由に進化出来るように親友が改造されたのを目の前で見てしまって……」

イエローは思わず口を抑えた。

想像通りの反応だった。イエローのポケモンを傷つけたくない心から考えると、当然だろう。

「私を信頼して、着いてきてくれたけど、いつも何かに怯えてるようだった……」

普通に振る舞っているつもりかもしれなかったが、尻尾がピンと伸びているのを、ルナは知っていた。

尻尾がピンと伸びていると、敵を警戒していたり、怯えていたりするというのを本で読んでいた。

「私はどうすれば良いかなんてわからなかった……。このまま進化せずに辛い現実から目を背けさせるか、無理にでも進化させて辛い現実を見せるのか……」

ルナとイーブイは似ていたから。

両親が居ない辛い現実から目を背けて、悪夢にうなされた事もあったルナと、どこか似ていたから。

だからこそ、イーブイを現実と、そして自分自身と向き合わせたかったのかもしれない。

「でも、それじゃいけないと思ったんです。『進化』しない事で、変わらないんじゃなくて、変われない事もあるから」

進化をして姿が変わる事は、自分の成長を意味する事だと、だんだんわかってきた。

「変わる事が、悪い事だとは限らないと思うんです」

向日葵のような笑顔になったルナは、暗闇の中でも光輝いていて、眩しかった。

イエローは最後の一口を口に入れると、岩から立ち上がった。

「ボク……すぐには出来ません。だけど、いつかはルナさんの言葉を思い出して『進化』させたいと思います」
「……うん」

優しい、お姉さんのような口調が、イエローの心臓をドキドキとさせた。

「あ、それから。……ラッちゃんに謝ってあげて」

ラッちゃんを優しく撫でて言うと、イエローはうっかりしてたという顔をした。

優しいイエローの事だ、もとよりそのつもりだったのだろう。

イエローはゆっくりとラッタに近づいていく。

「ごめんね、ラッちゃん。ボク、いきなり姿が変わって驚いちゃったんだ」

本当に申し訳なさそうに眉を下げてラッタを見つめている。

「でも、ラッちゃんはラッちゃんだよね! ボクの最初の友達だという事は変わらない!」

そう言って微笑むと、ラッタは嬉しそうに飛びついていった。

安心して息を吐くルナ。

イエローが大泣きした時に、凄くラッタはおろおろと慌てていて、そして悲しそうにしゅんとしていた。

それがずっと気になっていたのだ。

言いたい事は全て言い終わり、気が済んだルナは皿の片付けをし始めた。

次の日。

イエローはグリーンの前でラッタを引き連れて謝った。

「ゆうべは…すみませんでした」

今度はイエローがしゅんとして、グリーンを悲しげに見つめていた。

「『進化』って…知らなくて…。いきなりずっといっしょだったラッちゃんが違う姿になって…、ちょっとおどろいただけです…。ごめんなさい!」

それでも背を向けたまま微動だにしないグリーン。

少し心配になって、グリーンとイエローを交互に見やった。

「でも! どんな格好になってもラッちゃんはラッちゃんです! もう気にしません!」

ラッタが嬉しそうに、くりくりとした瞳でイエローを見つめる。

その言葉を聞いたグリーンがやっと口を開いた。

「……。『進化』させたくないというのならカンタンなことだ」

ルナは初耳な話に、首をかしげる。

そんな事は、どんな本にも書いていなかったし、博士からも聞いていない。

「キャンセルすればいい」
『!!』

キャンセルとは何の事だろう。

ルナもイエローも、想像も出来ない単語に目をしばたかせる。

「昨日みたいにふるえはじめたら、図鑑をひらいてキャンセルボタンを押すんだ。図鑑から発信される波動がポケモンの進化を止める」

図鑑を持っている者だけの特権だと言うから驚きだ。

何でも出来すぎる図鑑を作っているオーキド博士を、改めて尊敬した。

「捕獲も苦手、進化も苦手…。スケッチブックが図鑑がわりのおまえだが、そのボタンは役に立つだろう」
「グリーンさん…」
「ただし!」

グリーンは、イエローの嬉しそうな声をかき消すように声をあげた。

背を向けていたグリーンがイエローを振り向いて、その黄色の瞳を緑の瞳が見据えた。

「四天王に挑もうとしている今…、本当にそれでいいのかは自分で決めろ!」

三人の目付きは真面目なものになっていた。

進化をしないままなら、強さも上がらずに四天王になんて到底敵わないだろう。

それでも、イエローは傷つけるのも、姿が変わったポケモンを見るのは苦手なのだ。

優しさと甘さは別のもの。そのグリーンの言葉が頭によぎった。

イエローは優しさをどこまで押し通すのか、それをルナは密かに楽しみにしていた。


変わらないが変われない
(でもいつかは変わるもの)


20121219

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