もしあの時、止めておけば。

なんて「もしも」を想像してしまう。

そんなもしもは存在しないのに。自分には止める力も勇気もないのに想像してしまう。

でも。

でも口には出さないので、「もしも」を想像して泣き言を言っても良いですか  


◆ ◆ ◆



「え、今、なんて、言いましたかリュウ君」

あれから一ヶ月経とうとした時、玄関の所でリュウの言葉を聞いて、ルナは思わず聞き直してしまった。

聞き間違いだと思いたかったから。

悲報がある、と切り出してきたリュウだが、これは余りにも悲報すぎた。

「赤ちゃんが  レッドが失踪した」

耳を疑った。

もう一度確かめようとしたが、リュウはきっと何を考えているか奥底見えない無表情で、同じ言葉を発するだろう。

リュウが嘘を吐いていない事なんてわかりきっているが、これは、信じがたかった。

だってこの前まで自分の隣で微笑んでいた彼が  

ルナは口をポカンと開けて、自分の焦りを隠して立っていた。

しかし、それにも限界を感じ、身体が震えそうになったその時だった。

「どうしたの?」

可愛らしいが、二年前よりも凛として人の心を揺さぶるような声がした。

振り返ると、二年前より知的で整った顔立ちをしているリナが近寄ってきた。

タイミング良く来てくれて、どうにか震えを抑える事が出来た。

ルナはとにかく震えないように口を動かした。

「ッ、リナ! レッド君がいなくなっちゃったみたいなの!!」
「!」

二年前よりもポーカーフェイスになったリナの眉が動いた。

「とにかく、助けに行かないと」

本当は泣きたかった。

心臓もばくばくと五月蝿くて、耳障りに感じたが、不安を押し殺して握りこぶしを作る。

「……どうやって?」

静かで、決して揺らぐ事が無い泉のような声色で聞いてくる。

「どうやって、って……それは、鳥ポケモンでビューンと  

そこでルナの動きが止まる。

瞬間、汗がぶわっと吹き出し、ロボットのように首をカクカクと動かしてリナの方を向き直る。

唇の動きもなんだかトロい。

「私、鳥ポケモン持ってなかった……!!」

改めて再認識したかのように言うルナに、リナとリュウは深ーい溜め息を吐いた。

その二人の反応にショックを受けた後、家の奥へ「ど、どどどどうしよう!」と言いながら入っていってしまった。

「あれは本気で忘れてたな……」
「本当は不安で、泣きたくて堪らないのに、きっと我慢してるんだ。わたし達を心配させない為に」

二人は苦しそうな顔でルナが入っていってしまった家の奥を見つめる。

鋭い二人には、ルナが本当は不安や動揺で震えそうになる身体を抑えているのに気付いていた。

「自分は無理に笑って、人の事を心配させないようにするなんて……辛いよ。自分の心に負担がかかっちゃう」
「でもあいつはそれで満足なんだろ。ルナがやってる事が間違っていても、それを決めるのはあいつ自身だ」

リナが独り言のように言った事を、リュウは言葉を返す。

そんなリュウにリナはキツく睨み付ける。

「わかってるわよ。うっさいわね」
「うわ、理不尽」
「黙れ」
「ハイハイ」

無茶苦茶なリナに、苦い顔をしたリュウはもっと殺気立った睨みをきかせられた。

睨まれても平気そうに軽く流すリュウ。

そのリュウの態度が気に入らないのか、もっと不機嫌そうにリュウを睨む。

「アンタは何しに来たわけ?」
「何って……情報を提供しに?」
「それだけじゃないでしょ」

核心を突いたはずなのにリュウの顔色はさほど変わらなかった。

リュウは後ろで手を組むと、「あー」とか「うーん」とか言う。

煮え切らない態度に、リナのイライラは増していった。

「何なのよ!」
「んー、まぁ、今日は情報提供だけしに来たわけだから何もしねーよ」

信じていないのか、目を細めて眉を上げるリナ。

(やれやれ、信用無いな)

小さな溜め息を吐いたリュウは、ルナの姿を思い描くように視線を上に上げる。

かと思えば、苦虫を噛み潰したような顔になる。

「それより、ルナのスカーフは気に入らねー」
「……まぁ、それに関しては同意見」
「ルナがあいつにやった黒いスカーフから考えると、まだルナはあいつをそこまで意識してないってトコか」

向日葵色とか真っ白なスカーフだったら絶望的だったぜ、と言うリュウ。

「赤ちゃんの方は、ルナの事をそれなりに意識してるみてーだな」

釈然としなさそうな口調でリュウが言うと、リナはクールな顔に戻る。

「アンタやっぱりお姉ちゃんが好きみたいだけど、諦めたんじゃないの?」
「誰がそんな事決めたんだよ……。いや、まぁ、すっ、好きだ、けれども……諦めねーよ」

先程まで大きい表情の変化が無かったが、こういう話になった途端にリュウがわたわたとし始めた。

それを愉快に思いながら「ふうん」と冷たく返事をした。



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