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「もしもし、お兄ちゃん!?」
大人しい陽菜乃には珍しい位に、弾けた笑顔を見せる。
そんなの、俺に見せた事無いじゃん。環は毎度の事ではあるのだが、どうしても嫉妬の炎を燃やさずにはいられなかった。
──そう。陽菜乃はかなりのブラコンだった。
「本当!?行く!!」
即答。何を喋っているのか、内容はいまいち分からないけれど、嫌な予感しかしなかった。
「うん!うん!分かった!」
ハートでも飛んでるんでは無いかという位に弾んだ声色で返事をしている。
そんな様子も可愛いと思うけれども、相手が自分では無いというのがかなり大きく、やはりヤキモチを妬いてしまう。
頬っぺたを餅のように膨らませていると、陽菜乃がくるりとこちらを振り向いた。
「ごめんね、環君!ちょっと用事が出来ちゃって、すぐ行かなきゃなんだ……」
「兄ちゃんだろ、どーーせ」
「う、うん。そうなの、ごめんね」
手を合わせて上目使いで謝ってくる。
自分が可愛い事を自覚しててそういう事をしているのでは無かろうかという錯覚するけれど、彼女に限ってそんな事はまず有り得ないだろう。
「……いーよ、分かった」
「あ、ありがとう!ごめんね、せっかく誘ってくれたのに……」
「別に。早く兄ちゃんのとこに行ってやんなよ」
「うんっ」
環にも妹がいるから、その気持ちは確かに分かる。自分だって、妹から呼び出しがあったら飛んで行くかもしれない。否、陽菜乃と一緒にいたら彼女を優先するけれど。
十兄は一生勝てない相手だろうな、なんて思うけれど、兄弟である限りは逆に負ける事も無いのだろうなとも思う。
彼女が十兄に対する笑顔を他の人間に向けていれば、その時はその人間の事が好きだという証拠だろう。
もしかしたらそれは自分かもしれない。そう思うと、なんだか頑張れる気がした。
「……うし、頑張ろ」
***
兄からの電話の内容は至って普通の会話であった。もし近くにいるのなら、一緒に買い物に行こうという物だった。
それだけなのに、兄が自分を頼ってくれた!と有頂天になる。
某スーパーまで走っていく女子高生なんて見た事が無い。すれ違い様に周りの人々がぎょっとしたように自分を見る事なんて、微塵も気にせずに陽菜乃は駆けた。
「お兄ちゃん!」
走ったせいで、頬を真っ赤にしながら手を振る陽菜乃の姿は、さながらデートの待ち合わせをしていた彼女のようだった。
「陽菜乃」
柔らかく微笑む背の高い彼こそが、十兄──十龍之介である。
一見して、彼はワイルド&セクシーな見た目を持ち合わせており、道すがら奥様方はつい頬を染めて遠目で彼を眺めていた。
鍛えているという事もあり、服の上からでも分かる位の凄い筋肉がより一層男らしさを主張している。
いつ見ても完璧な彼の容姿に、陰ながら陽菜乃はうっとりとした。
「別に走らなくたって良かったのに」
そう言って、くしゃりと頭を優しく撫でてくれる。
昔から大好きなその行動に、陽菜乃は目を閉じて気持ち良さそうに身を委ねた。
その様子がまるで犬のようで、龍之介はくすりと笑ってしまう。
「今日、柔道部は休み?」
「うん。部長が風邪でさ。休みにする事にしたんだ。風邪気味な子も多かったしね」
「……ふふ」
「なに?」
「ううん。なんか不思議だなぁって。お兄ちゃんがうちの高校の事話してるのが」
「まだ慣れてないの?」
「だって」
十龍之介は、元々は別の高校の教員であったが、今年赴任してきたのだ。
それを知った瞬間、陽菜乃はかなり嬉しかったのを覚えている。……いいや、今もかなり嬉しい。
今までだって、家に帰ったら自分に勉強を教えてくれたけれど、学校でもそれが実現したのだ。
自分だけの先生で無くなったのは寂しいが、それでも兄が学校で生き生きしているのを見るだけで幸せになれた。
「……龍之介先生」
「うわぁ、なんか照れるな」
「お兄ちゃんだって慣れてないじゃない」
「あはは、だって……ね?」
照れたように笑う龍之介。
それに釣られて笑う陽菜乃。
その様子は、本当に仲の良い兄妹だった。それでもどこか、兄妹とは少し違うような空気が流れてるように見えるのは……何故なのだろうか。
この鼓動は秘密だよ
(ただ単純に、彼等が)
(ブラコンだからだろうか)
■■さいととっぷ