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(七瀬君、なんて言おうとしたのかな……)

 環の隣を歩きながら、ぼうっとそんな事を考える。とっさに環の方に行ってしまったけれど、彼が話していた途中だというのを今さら思い出した。

「いいんちょ?」

 ひょっこりと顔を覗き込まれる。
 その顔があまりにも近くて、反射的に飛び退いた。鼓動がどくどくと脈打っていた。

「た、環君!!」

 真っ赤になりながら名前を叫べば、彼はきょとんという瞳を向けてきた。
 彼はこういう時、本当に子供みたいで、本能の赴くままに行動しているらしい。

 それが分かるので何とも言いにくい。

「クレープだってさ!!食べようよ、いいんちょ!!」
「ええ、急だね……」
「だってクレープ食べたいんだもん」
(だもん、って……)

 子供か。

 思いもかけない言い方に、無意識の内にくすりと笑ってしまっていた。
 彼は『不良』と誤解される影で、実は女子に絶大な人気を誇っていた。それは、バスケが上手い事もあるだろうが、やはりこういう所が垣間見えるからなのだろうな、と感じた。

「俺はチョコバナナがいい。
 いいんちょは?」
「うーん、私は……」
「なんかツナサラダもあんよ」
「ツナ……ふ、普通に甘いのが良いよ」
「だよなー」

 メイプルバターと悩みながらも、チョコストロベリーを頼む。

「女子って苺好きよな」
「男の子は嫌いなの?」
「俺は王様プリンが好き」
「……うん?」

 会話出来てるかな?
 深く突っ込もうか否か悩んで空を軽く仰いでいると、クレープ生地を焼く良い匂いが鼻を擽った。

 はて、いま何か悩んでいたような気がするが……なんだったか。

「いいんちょ」
「ん?な──」

 に、と言おうとして振り向くと、頬っぺたに環の人指し指が突き刺さった。

「引っ掛かったー」
「環君…………?」
「タンマタンマ!俺が悪かったです、ごめんなさい!カバンは絶対痛いから!」

 勉強道具がたくさん詰まった陽菜乃のカバンは、それはもう殺傷能力が高そうであった。
 にっこり笑いながら掲げる辺り、剣道部顧問の逢坂先生にどこか似ていて、環は背筋を凍らせた。

「はは、冗談だよ!
 引っ掛かったー」

 カバンを下ろして、ころころと鈴を転がしたような笑い声を立てる陽菜乃。

 どうしてそんなに可愛いかな、と環は痒くなる心臓を掴みながら、顔をひきつらせる。
 こういう時、不思議と上手く表情が作れなくなるのは人間の性なのだろうか。

「はい、チョコバナナ!」
「……あんがと」
「出来立てはやっぱり良いね」

 いつの間に、と思いつつ一口かじる。

「ん、んまい」
「ね。すごい美味しい」

 上品に食べ進める彼女を一瞥し、自分もまた食べ進める。
 うん、やっぱりクレープといったらチョコバナナだな。

「ふふ、環君いっぱい付いてるよ」
「んっ」

 そんなに笑う位付いていたのか、と思っていると彼女が自分の口元をナプキンで拭いてくれる。
 ……端から見たら恋人同士に見えるのだろうか。

 そう考えたら照れ臭くて、けれど自分の中に生まれた小さな独占欲が満たされる感覚だった。

「……そっち、一口ちょうだい」
「苺?いいよ?」
「…………」

 なんの疑問も持たずに差し出してくるので、微妙な気持ちになる。

「はむっ」
「どう?」
「…………ん、んまい」
「良かった」

 ふわりと微笑む。
 未だに気がつかないんだな、と思うと少し悪戯心が擽られる。

 ──ずいっ、と自分のクレープを彼女の口元にまで持っていく。

「俺のも、食べて」

 間。

 食べて、とはどういう意味なのだろうか考えてしまう。それでもやっぱり気が付かずに、環に差し出されたクレープにかぶり付く。

 気が付かなかった事にはちょっとがっかりしたが、餌付けされる子犬のような陽菜乃が見れたので良しとしよう。

「うまかった?」
「………………」
「…………ん?」

 聞いても何も答えない陽菜乃に疑問を感じ、顔を覗き込んだ。
『……あ』二人の視線がパチリと合う。

 彼女の顔は、見事な位に真っ赤に染まっていた。それを自分としても感じるのか、パッと顔を逸らされた。

 環はにんまりと笑い、



「間接ちゅーだ」



 優しい声色で囁いた。

「……っ!」

 わざとやっていた事が分かり、恥ずかしさが有頂天に達する。

 しかもなんなんだ、その嬉しそうな笑顔は。そんな訳が無いのに、心のどこかで彼が「そういう感情」で自分を見てるのではないかと疑ってしまう。
 友達、なのに。
 そんなはずは無いと思っても、どうしてかドキドキと心臓がうるさくて。

「…………た、環、君」

 駄目だよ、期待させるような事、しないで。
 そう言いたくて、口を開きかけた瞬間──二人の間を切り裂くかのような着信音が鳴り響いた。

「こ、この着信音は!」
「……ゲ」

 陽菜乃の携帯の着信音で、個別に違う着信音にしている人間は一人しかいなかった。
 環もそれを知っているので顔をこれでもかという位に強張らせた。


「お兄ちゃん!」



君との距離は何センチ?
(放課後デートだっていう事)
(分からずに付き合っていた)


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