05
6/21
(七瀬君、なんて言おうとしたのかな……)
環の隣を歩きながら、ぼうっとそんな事を考える。とっさに環の方に行ってしまったけれど、彼が話していた途中だというのを今さら思い出した。
「いいんちょ?」
ひょっこりと顔を覗き込まれる。
その顔があまりにも近くて、反射的に飛び退いた。鼓動がどくどくと脈打っていた。
「た、環君!!」
真っ赤になりながら名前を叫べば、彼はきょとんという瞳を向けてきた。
彼はこういう時、本当に子供みたいで、本能の赴くままに行動しているらしい。
それが分かるので何とも言いにくい。
「クレープだってさ!!食べようよ、いいんちょ!!」
「ええ、急だね……」
「だってクレープ食べたいんだもん」
(だもん、って……)
子供か。
思いもかけない言い方に、無意識の内にくすりと笑ってしまっていた。
彼は『不良』と誤解される影で、実は女子に絶大な人気を誇っていた。それは、バスケが上手い事もあるだろうが、やはりこういう所が垣間見えるからなのだろうな、と感じた。
「俺はチョコバナナがいい。
いいんちょは?」
「うーん、私は……」
「なんかツナサラダもあんよ」
「ツナ……ふ、普通に甘いのが良いよ」
「だよなー」
メイプルバターと悩みながらも、チョコストロベリーを頼む。
「女子って苺好きよな」
「男の子は嫌いなの?」
「俺は王様プリンが好き」
「……うん?」
会話出来てるかな?
深く突っ込もうか否か悩んで空を軽く仰いでいると、クレープ生地を焼く良い匂いが鼻を擽った。
はて、いま何か悩んでいたような気がするが……なんだったか。
「いいんちょ」
「ん?な──」
に、と言おうとして振り向くと、頬っぺたに環の人指し指が突き刺さった。
「引っ掛かったー」
「環君…………?」
「タンマタンマ!俺が悪かったです、ごめんなさい!カバンは絶対痛いから!」
勉強道具がたくさん詰まった陽菜乃のカバンは、それはもう殺傷能力が高そうであった。
にっこり笑いながら掲げる辺り、剣道部顧問の逢坂先生にどこか似ていて、環は背筋を凍らせた。
「はは、冗談だよ!
引っ掛かったー」
カバンを下ろして、ころころと鈴を転がしたような笑い声を立てる陽菜乃。
どうしてそんなに可愛いかな、と環は痒くなる心臓を掴みながら、顔をひきつらせる。
こういう時、不思議と上手く表情が作れなくなるのは人間の性なのだろうか。
「はい、チョコバナナ!」
「……あんがと」
「出来立てはやっぱり良いね」
いつの間に、と思いつつ一口かじる。
「ん、んまい」
「ね。すごい美味しい」
上品に食べ進める彼女を一瞥し、自分もまた食べ進める。
うん、やっぱりクレープといったらチョコバナナだな。
「ふふ、環君いっぱい付いてるよ」
「んっ」
そんなに笑う位付いていたのか、と思っていると彼女が自分の口元をナプキンで拭いてくれる。
……端から見たら恋人同士に見えるのだろうか。
そう考えたら照れ臭くて、けれど自分の中に生まれた小さな独占欲が満たされる感覚だった。
「……そっち、一口ちょうだい」
「苺?いいよ?」
「…………」
なんの疑問も持たずに差し出してくるので、微妙な気持ちになる。
「はむっ」
「どう?」
「…………ん、んまい」
「良かった」
ふわりと微笑む。
未だに気がつかないんだな、と思うと少し悪戯心が擽られる。
──ずいっ、と自分のクレープを彼女の口元にまで持っていく。
「俺のも、食べて」
間。
食べて、とはどういう意味なのだろうか考えてしまう。それでもやっぱり気が付かずに、環に差し出されたクレープにかぶり付く。
気が付かなかった事にはちょっとがっかりしたが、餌付けされる子犬のような陽菜乃が見れたので良しとしよう。
「うまかった?」
「………………」
「…………ん?」
聞いても何も答えない陽菜乃に疑問を感じ、顔を覗き込んだ。
『……あ』二人の視線がパチリと合う。
彼女の顔は、見事な位に真っ赤に染まっていた。それを自分としても感じるのか、パッと顔を逸らされた。
環はにんまりと笑い、
「間接ちゅーだ」
優しい声色で囁いた。
「……っ!」
わざとやっていた事が分かり、恥ずかしさが有頂天に達する。
しかもなんなんだ、その嬉しそうな笑顔は。そんな訳が無いのに、心のどこかで彼が「そういう感情」で自分を見てるのではないかと疑ってしまう。
友達、なのに。
そんなはずは無いと思っても、どうしてかドキドキと心臓がうるさくて。
「…………た、環、君」
駄目だよ、期待させるような事、しないで。
そう言いたくて、口を開きかけた瞬間──二人の間を切り裂くかのような着信音が鳴り響いた。
「こ、この着信音は!」
「……ゲ」
陽菜乃の携帯の着信音で、個別に違う着信音にしている人間は一人しかいなかった。
環もそれを知っているので顔をこれでもかという位に強張らせた。
「お兄ちゃん!」
君との距離は何センチ?
(放課後デートだっていう事)
(分からずに付き合っていた)
■■さいととっぷ