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 屋上の風を感じながら、目を瞑っていると、ついついソワソワしてしまう。

 学校のチャイムを聞いたのは、随分前。もう屋上でサボるのが癖になっていて、クラスメイトには『不良』扱いされてしまっている。
 それでも『彼女』に会いたくて、わざと目を瞑って寝たフリをしておく。

(はやく……会いたい)

 頭の中が彼女だけになる。



「──環君」



 優しい、彼女の声。

 四葉環はこの声で起きるのが本当に好きだった。その優しい声を聞くと、落ち着く。

「……やっぱり来てくれた」

 自然とふにゃりと柔らかい笑みを浮かべる。

 瞳を開ければ、彼女──陽菜乃がこちらを上から覗き込んでいた。屋上の強い風に靡く髪を押さえながら、少し眉を吊り上げている。

「やっぱりじゃないよ。ダメでしょ、ちゃんと授業受けなきゃ」
「……だって」

 髪を押さえている腕に手を伸ばし、そのまま掴んで、引っ張った。
「きゃっ!?」その細い体は簡単に引き寄せられ、環の胸の中にすっぽりと収まってしまった。

「いいんちょが迎えに来てくれるじゃん?」

 柔らかい彼女の体を抱き締めながら、微笑む。

 ドクドクと聞こえる心臓の音は、自分の物か彼女の物なのか。分からない程に近い距離にいる事に満足感を感じ、もう一度目を閉じる。

「た、たたたたた、環、君!!」
「一緒に寝よーよ」
「ダメです!」

 真っ赤な顔で抵抗する陽菜乃が可愛くて、腕の力が一層強くなる。

「は、なしてよ」

 瞳をうるりと潤ませて、今にも泣きそうな顔になる。

 そんな顔に、ぞくりという感覚を覚える。自分が興奮している事に、驚きと、不思議な心地よさを感じた。

「……王様プリン奢るよ」
「っ……お、俺は物なんかで釣られ、ないぞ……」
「王様プリン10個」
「今日の所は許してやろう」
「あはは、釣れた」

 腕を開放した瞬間、光の速さで離れられてしまう。少しの寂しさは感じるけれど、これ以上困らせたくないという思いもあった。
 ……もっと困らせてみたいという好奇心も無くはないけれど。

「今は別のクラスだから、今までみたいに毎日迎えに来れる訳じゃないんだよ?」
「んー……」

 空を仰ぎながら曖昧に答える。

 そう、今までは同じクラスだったから、先生達にとっても日課になってしまった「学級委員長の環のお迎え」が出来たけれど、もう違うクラスになってしまったからには限られてしまう。
 今日だって、迎えに来れたのはたまたま今の時間の教科担任が環の担任で、特別に頼まれたのだ。

「好き、だったんだよなぁ」
「…………え?」

 まさか、とは思ったけれど、思わず聞き返してしまった。

 空を仰いでいた顔が、こちらを向く。その瞳は、空よりも綺麗で澄み切っていて、引き込まれそうになる。
 どこまでも広く、どこまでも清んだ、そんな空のようで、目が離せなくなった。

「このゆったりとした時間さ、好きだったんだけどなー」
「……」

 彼の言葉を聞いて、安心してしまっている自分がいた。
 陽菜乃も、環に倣って空を仰いだ。

「私も、好き、だったかなぁ」

 最初は、わざわざ屋上に昇らないといけない事もあり、迷惑だと少しでも思わなかった訳では無かった。
 けれど環は『不良』という訳では無く、本当に素直で本当にマイペースなだけだという事が分かり、迎えに行って良かったと思う。

 陽菜乃は仰いでいた顔を元に戻し、環の顔を見て微笑む。
 どきりと跳ねる心臓がむず痒くて、掻き毟ってしまいたかった。それか、代わりに彼女の唇を自分の唇で塞いでしまいたかったけど、そちらの方が無理だろう。

「……うん、本当に好き」



狂気さえ生まれる恋心
(本当に好き、なんだよ)


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