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「一織、俺……好きな子が出来たみたい」

 突然の陸の告白に、一織は思わず「は?」と聞き返してしまった。

 和泉一織──陸の元クラスメイトで、この学園の生徒会長だったりする。つい陸の世話を焼いていたら、いつの間にか仲良くなっていた。
 そんな一織が突然そんな事を聞かされたら何を思うかというと、飼い犬が他の人間になついてしまったのを垣間見たような、そんな気持ちだった。

「はぁ……でも貴方、今日登校したばかりでしょう?」

 今まで色恋沙汰なんて無縁だった彼に一体今日一日何が起こったのか。不思議でしょうがなかった。

「そうなんだけどね。でも、今朝登校してきたらね、席替えして隣の席になったっていうその子からこのノート貰ってね!」
「ちょっ、近いです……」

 興奮したように、どこから出したんだろうかというノートを鼻まで近付けてくる。正直言ってかなりうざかった。
 というか彼は恋をするとこんなにも鬱陶しくなるのか。先程から彼からハートをぶつけられているような気分だ。

(……あ、れ?)

 顔を背けようとしてもなお、近付けてくるノートが不本意だが目に入る。

──その文字に、見覚えがあった。

「……あの、その人の名前は?」
「え、一織も興味あるの!?」
「違います。ちょっと優しくしただけで好かれてしまった可哀想な人はどんな人かと思っただけです」
「な……!こっちは真剣なんだぞ!」

 しまった。
 癖で毒を吐いてしまった。

 彼にはついつい毒を吐いてしまう。それは彼の怒った顔が可愛らしくて、それを見たいが為に言ってしまうとはとても言えなかった。
 そもそも一織が可愛い物好きという事は極秘である。

「……まぁ、いいや」

 拗ねたように口を尖らせる。そんな子供みたいな仕草に、ぐっときてしまう(決してそういう気がある訳では無い)。

「十陽菜乃ちゃんっていうんだって!」
「──っ」

 ドクン、と血液が流れるのを感じた。

「一織?」
「……、いえ、なんでもありません。それより昼休み終わりますよ」
「あ、うん!話聞いてくれてありがとね」
「……別に」

 その時の一織の微妙な表情は、てっきり陸は照れているだけかと思っていた。
 けれど、それだけでは無かった事を、彼が知る由は無い。


***


「一織君!」

 久しぶりに聞く声に、一織にしては素早く反応してしまった。

「……陽菜乃さん」

 振り返り、立ち止まると、彼女は思ったよりも近い所まで駆け寄って来たので、少しぎょっとしてしまった。

 ふわりと香るシャンプーの匂いに、目眩が起きそうだった。

「久しぶりだね」
「そうですね」

 実は十陽菜乃は、学級委員長と副会長を兼任している。それより前も、お互い学級委員をやっていた関係で、顔見知りだったのだ。
 陸には、なんとなく言いそびれてしまった。質問責めされるような気もして、今考えても止めた方が良かった気がする。

「明日、新学期で初めての生徒会の集まりがありますが忘れてませんよね」
「ちゃんと覚えてますよ、大丈夫です!」

 きりっ、と眉を吊り上げて少しどや顔する彼女に、一織は小さく「うっ」と呻いた。

「……ところで何か用があったんじゃないですか?」

 ある感情が少しでも彼女に伝わらないように話を変えると、陽菜乃はパチクリと目を瞬かせた。
 止めてくれ、その小動物みたいな顔。

「ううん、一織君と話したかっただけだよ。……ダメ、だったかな?」
「そ……そうですか。別に、駄目じゃないです、けど」

 けど──、けれど。
 これ以上可愛い事を言わないでくれ。そんな言葉は噛み殺して、いつも以上に眉をひそめてしまう。


──あぁ、今日も彼女は可愛い。



愛しさは胸の中に仕舞って
(七瀬さんには、言えない)


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