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(はぁ……奏先生、素敵だったなぁ……)

 本日何度目になるかわからない溜め息を吐くと、珍しく家にいる兄がさすがに心配になったのか、こちらを振り向く。

「どうしたんだ、そんなに溜め息吐いて」
「え、私そんなに溜め息吐いてた!?」
「うん、聞いてる方が心配になるくらいにね」

 ことり、と目の前に温かなミルクが置かれる。兄とお揃いの色違いの可愛らしいマグカップが、陽菜乃のいつも愛用してる容器だった。
 5月に入って暖かくなってきたとはいえ、まだ涼しい気候の為兄の神がかった気遣いが伺える。

 そんなに溜息吐いちゃってたのかぁ、とぺたぺたと頬を触る。

「聞いて!音楽室で素敵な先生に会ったの……」

 うっとりとした瞳でほぅ、と息を吐きながらマグカップを持ち上げる。

「音楽室?ってことは、楽のこと?」
「が、楽先生も素敵なんだけど、女の先生なんだ!」

 一度は楽先生に学生特有の恋と勘違いしてしまう、ときめきというものを覚えていた為、兄に言うには恥ずかしい。
 思わず誤魔化すようにミルクを口にしながら笑った。

 今陽菜乃はマグカップの中身、つまりミルクしか見えていなかった。

「……もしかして、奏先生?」
「そう!十六夜奏先生!」

 だから、陽菜乃はマグカップから視界を外して、兄を見た時酷くおどろいてしまった。
 思わずマグカップから手を滑らせてしまいそうになる、それくらいに。

「……お兄、ちゃん?」
「う、うん、奏先生は素敵な先生だよね」
「お、お兄ちゃんも、そう思うんだ」

 口が引きつってしまって、上手く喋れなかった。

 その兄の顔は見た事があった。
 スーパーで甘いものを見ていた時の、あの、慈愛に満ちた表情だ。

 陽菜乃は少し鈍い所があるかもしれないと、自分でも思っていたが、そんな陽菜乃の目にも明らかだった。

──兄、十龍之介は、十六夜奏先生が好き

 その時陽菜乃の中で、確かに何かが割れてしまう音を聞いた。



世界が壊れる音がした
(そっか、やっぱり私、)
(お兄ちゃんの事が──)


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