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「ど、どうしたの!?」

 はわわわわ。とまるでアイドルの推しに会ったかのように興奮し、脳内回路がショートしたのか、ぷすぷすと頭から煙を出す(ように見えるだけでもちろん実際に煙は出ていない)生徒に、若い先生が駆け寄る。

「は、はひっ、らいじょうぶれひっ」
「人間の言葉喋れてないよ、十さん」

 あからさまに緊張し、やっとの事で捻り出したけれど、隣の冷静沈着な天にツッコまれてしまった。

「つなし?」
「は、はいっ、わ、わたくしお兄ちゃんが先生でして!」
「お、落ち着いて」

 ぽむぽむと頭を優しく撫でてくれる。
 その瞬間、ふわりといい香りがする。ああ、大人の女の人だなぁっと思い、なんだかドキドキしてしまう。

「そっかぁ。十先生の妹さんって貴方だったんだねぇ」
「はい……!十陽菜乃です!」
「私は十六夜奏です。よろしくね」
「は、はい!!」

 確かに人懐こそうで、優しそうな雰囲気はまるで十龍之介と瓜二つだった。
 動物で例えるならわんちゃんかな、二人とも。心の中でそんな事を考えて、目の前の陽菜乃があまりにぴったりすぎて犬の耳としっぽが生えているのが容易に想像出来る。可愛い。

 女子高生相手に思わずデレデレしていると、彼女の隣からドス黒いオーラを感じた。
 なんだなんだと思ってそちらを見ると、何故だか威嚇されていた。ははーん、嫉妬かな?

「ふふ、かーわいい」
「……は?」
「アッ、ゴメンナサイ」

 その綺麗なお顔で、びっくりする位怖い顔が出来るんデスね。

「あの!ピアノ、弾いてくれませんか!」
「え」

 なぜその事を……と驚いて陽菜乃を見る。けれど考えてみれば音楽室にいて、且つピアノの前にいたらそりゃあそう思うだろうと。

「ん、んー!先生ピアノ上手じゃないんだよねー!」
「え……そうなんですか……?」

 不躾だったかもしれない。反射的に返した表情はすごく残念そうな顔だった。
 そんな顔をされたら、誰だって困ってしまう。けれど高校生の陽菜乃は素直な感情を出してしまうのだ。それに後悔するのは数分程かかった。

「や、やっぱりちょっとだけ」

 優しい奏先生は、その困った顔をなんとかしたくて、ピアノに向かい直し座った。
 ぱっと嬉しそうな笑顔を浮かべる陽菜乃と、隣でふうんと呟きお手並みを拝見しようと腕を組む天。

 奏先生は鍵盤にゆっくりと手を乗せ、

 なぜか──顔を強ばらせた。

 そこでやっと事の重大さを感じ、陽菜乃は顔をさっと青くした。
 奏先生は深呼吸を一つだけして、ピアノから立ち上がり、申し訳なさそうにこちらに向き直る。

「……ごめんね、でも、やっぱり弾けないや」

『がっくんの前だからね』
 前に彼女の演奏に聞き耳を立てていた時の言葉が蘇る。なにか事情があったのか、と理解した。

「……ご、ごめんなさい」

 ぱっと、申し訳なさで俯く。
 早くあの時の言葉を思い出していれば、奏先生に無理をさせる必要は無かったのに、と。

 だけど、あの時の音は本当に綺麗で。
 なぜピアノが楽先生以外の前で弾けなくなったのか、全然分からないし、皆目見当もつかないけれど。
 だけど、これだけは、言える。

「でも、いつか聞けるの、楽しみにしてます!」

 顔を上げたその表情は眩しい位の笑顔で。
 奏先生はまさかそんな事を、そんな顔で、言われるとは思わず面を食らった。それと同時に、この子は本当に良い子なんだな、と心がじんわりと暖かくなるのを感じた。

 そうだね、キミみたいな良い子の前だったら、また弾けるようになるかもしれない。

「……ありがとう!」



潜めた願いと密かな祈り
(絶対、待ってますから!)

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