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 どうして天にぃが……?
 陸は理解が出来なくて、一日ぐるぐると思いを巡らせていた。転校してきた事ももちろんだが、なぜ陽菜乃と知り合いなのだ。
 しかも、彼女に対して自分ですら見た事のない表情を浮かべていた。それがなにを意味するのか、わかりたくはないけれど、分かってしまった気がした。

(九条、天……!)

 自分の中でどす黒い感情がぐるぐると駆け回る。それは自分でもびっくりしてしまうほど、醜いものであった。
 彼はいつもそうだ。自分にない魅力をたくさん持っていて、誰もを虜にしてしまう。その魅力が分かるからこそ、その魅力を憎いと思ってしまう。
 ──そんなこと、思いたくないのに。

 彼はまた、虜にしてしまうのか。
 陽菜乃までも……。

 考えた途端に血の気が引いた。自分の好きな人が、兄に取られてしまう。自分に見せなかった笑顔を、彼に向けてしまう。
 そんなのは、

「そんなのは……嫌、だ……っ」

 彼の目からほろりと、涙が流れ落ちた。


***


「こ、ここが音楽室」
「それは知ってる。キミと会った場所でしょ」
「そ、そうだよね」

 先程から妖艶な笑みを向けてくる天に、ドギマギしながら陽菜乃はその顔を直視出来ずに目線をキョロキョロと彷徨わせる。
 初めて会った時そんなにニコニコしていなかったじゃないか。心臓に悪いからやめて頂きたい。

「……」

 冷や汗を垂らしながら俯き気味の彼女の顔を覗き込みながら、天はそのあからさまに焦っている様子に尚更にっこりするのであった。

「ピアノ、弾いてよ」

「えっ!?」俯いていた顔を弾けたように天に向ける。あ、やっとこっち向いた。と天が思ってるとも露知れず、陽菜乃は驚きの表情であった。

「何?」
「ひ、弾けないよ!?」
「うん。知ってる」

 さらりといい声で言われましても。
 尚更どういう事なの、と疑問符を無数頭の上に浮かべる。九条天の思考回路は十陽菜乃には少しばかり複雑過ぎたらしい。

「でも筋は良いんじゃない?
 ボクが言うんだから誇ったら?」

 自信満々な表情と言葉に、気圧されたようにたじろいでしまう。その王者の風格が、陽菜乃にはすごく格好良く映った。
 環のようなあんなにマイペースで、我が道を行くというスタンスもなかなか周りにはいないので眩しく見つめていたが、彼の一織以上に自信満々で人を強く惹き付ける能力もなかなかいないかもしれない。

(ちょっと、羨ましい)

 本当に眩しそうに目を細めて天を見つめる陽菜乃を他所に、天は音楽室の扉を開けていた。

「えっ、ほんとに弾くの!?」
「当たり前でしょ。なんで嘘吐かないといけないの?」
「や、だから弾けないってば……」
「大丈夫、ボクが教えてあげる」
「え、ええ……お、お手柔らかに」

 あの楽先生のピアノを全否定した位なのだから、相当ハードルが高そうだ。高すぎてハードルを飛び越えることを諦めてそっと潜り抜けて無かった事にしてしまいたい。

「あれ?珍しいね、お客さん?」

 扉の先で、ピアノの前で何かを綴っている女性と目があった。

(は、はわわわわ)

 あのさらさらとした栗色の髪の毛、やわらかな笑みを陽菜乃は前に見た事があった。
 そう、楽先生と話していた彼女だった。



心臓をふちどる呼吸
(あの人だ……!!)

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