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4月末にあった基礎学力テストを乗り越え、いつの間にか5月になっていた。必死にテスト勉強していたせいで、陸に天との事を聞けなかった。
全く気にならなかったと言ったら嘘になる。
というより、いつもより全くテスト勉強に身が入らなかったので、案外気になっていたのかもしれない。
「陽菜乃ちゃん、ノートありがとう!」
「あ、いいえー。テスト大丈夫そう?」
「えーと……」
(自信無いのかな?)
目を逸らして明後日の方向を向く陸に、くすくすと笑いが込み上げる。つい声に出してしまったので、陸が恥ずかしそうに「わ、笑わないでよ!」と怒られてしまった。
こうやって陸と話していると、時折脳裏を過ぎる──あの時の言葉。
あれは、テストの前の日だった。いつものようにお弁当を広げていると、陸が覗き込んできた。
「陽菜乃ちゃんのお弁当美味しそうだね」
「あ、これ!?これはね、お兄ちゃんが作ってくれたんだー」
自分の事のように、否、それ以上に嬉しそうに言う物だから少し驚いてしまう。『お兄ちゃん』という単語を聞いていなければ、勘違いしている所だ。
「そういえば龍之介先生がお兄さんなんだっけ?」
十龍之介先生。
彼は、その鍛えられている引き締まった体と真剣な表情をした時の凛々しい顔が格好良いと女子の中で絶大な人気を誇る。
日本史の教科担任なので陸もよく知っているけれど、周りが言っているようにワイルド&セクシーな雰囲気は確かにあるけれど、実際話してみると物凄く優しくて教え方も上手い。
きっとそのギャップもあって、女子からの人気があるのだろうと納得した。
陸は男子だが、龍之介先生は習っていてとても楽しい。本当に優しくて怒った所なんて見た事が無いし、なにより──陽菜乃に似ていたから。
少しばかり俗物紛いだけれど、最近彼から習い始めたばかりだからそう思ってしまう。
「そうなの!この学校に移るって聞いた時は嬉しかったなぁ」
「そっ、そうなんだ……!」
お兄さんの話をしている時の彼女が、あまりに生き生きしているものだから、少し戸惑ってしまう。
まるで彼氏の話をしているかのような表情だったからだ。頬を染めて、興奮気味に語るその姿は正しくだった。
……それにしても、お兄ちゃん、か。
「お兄さんの事、好き?」
「えっ、う……うん。優しくて格好良いから、好きだよ」
「……そっか」
どうしてそんな事を聞くのだろうかとドキリとする陽菜乃。
しかも、その儚くて切ない表情は、いつか見た表情とそっくりだった。── 「陸は、ボクの弟だけど?」あの言葉を吐いた時の天の少し寂しそうな顔と重なった。
問いただす前に帰ってしまったので、何故かは分からなかった。……否、帰っていなかったとしても、きっと聞けなかっただろう。そういう時、いつも踏み止まってしまう。
やはり聞いておけば良かったと、いつも後悔する。
「俺も……好き、だったんだけどね、」
ぽつり、と。ふと呟かれた言葉に、俯き気味だった顔を弾かれるように上げる。
「……え?」
『だった』?どうして過去系?……じゃあ、今は?
そんな疑問が浮かび上がるけれど、声が、出ない。果たして部外者の自分が踏み込んで良い事なのだろうか。自分だったら、暗い過去なんて誰にも見せたくない。
そんな思いと、それでも踏み込んで話を聞いた方が楽になるのでは無いかという思いが交錯していた。
『九条天君の事?』
『!……なんで知ってるの』
そうなるだろう。
せっかく仲良くなれたのに、警戒心を産んでどうするのだ。それ以上踏み込まれないように避けれたらどうすれば良いのだろう。
(それは、嫌だな……)
勝手に悲しくなっていると、我に帰ったらしい陸が慌てて両手と首を振って否定する。
「な、何でもないよ!何でもない!」
「そ、そっか……!」
お互い、繕ったような笑顔を必死に貼り付け、平静を装う。傍から見たら、なんて不自然な二人だろうか。
それから陽菜乃の心配は無用だったかのように、二人の仲は変わる事は無く、テストに備えて一緒に勉強をしたりもした。
けれど、最近あの時の言葉を思い出してはふと止まって彼を見つめて考え込んでしまう。あの時、やっぱり聞いておくべきだっただろうか、と。
「ど、どうしたの?」
「へ?」
「またボーッとしてたけど……最近、具合悪い?」
「あっ、ううん!多分テスト疲れ、かな?」
曖昧に笑うと、陸は具合が悪い訳ではないと分かってほっとした後に「疲れちゃうよね、テストって」と柔らかく微笑んだ。
やっぱり聞いておかないで正解、そうだよ。
自分に言い聞かせるようにそう心の中で思う。今更気にしていたってしょうがないんだから。
いつも通り陸と会話を楽しんでいると、ふと教室がいつもより騒がしい事に気が付いた。
「……テスト終わったからかな?」
「俺もテスト終わった瞬間に解放された気分になったなぁ」
「うんうん、やっと自由になった!って思うよね」
共感し合っていると、ふとクラスのムードメーカーである存在の女の子が近付いてくる。
「ねぇねぇ、七瀬君、委員長!
うちに転校生が来るらしいよ!」
そうなんだ、と二人して驚く。だから教室内が騒がしかったのかと納得する。
「どんな人だろうね」転校生なんてなかなかいないものだからお互いわくわくしてしまう。男か女か、小さいか大きいか、どうでも良い所まで予想をして面白がる。
どうしてか、頭の中であの時聞いた歌が流れていた。
『キミが 好きだよ
もう少ししたら キミに逢いに行くから 』
曖昧リグレット
(臆病な私が消えないの)
■■さいととっぷ