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──ボクが一目惚れなんて、するはずがない。
「彼は、俺達のいた高校に通ってる、
────天だ」
突然龍之介から「会わせたい人がいる」と言われ、天は成り行きでここにいた。
いつもは断ってるし、なぜ自分がイエスと答えてしまったのかもいまいち分かっていない。ただ、退屈だったから。そう答えるしか無かった。
龍之介が紹介したいと言った「彼」はさて置き、その隣にいる少女が気になった。教室の外から音色は聞こえていた。
筋金入りの初心者なのか、思い切り下手くそだったけれど、それでもその「音」には惹かれる物があったのだ。まぁ、ビギナーズラックか、ただの気のせいか……。
なんだか執拗に視線を向けてくるので、無視するように目を逸らしていたけれど、少しはそちらに視線を向けてやってもいいかもしれない。
そっぽを向いていた視線を、そちらに向ける。
(なん、で……)
どうしてだろう。顔が、逸らせない。目ですらも、動かせない。
まるで金縛りでもあったかのような、そんな感覚。
だって、動かないだけでなく、心臓までこんなに痛い程に鳴っているのだから、そうだとしか言いようがない。
──ボクが一目惚れなんて、するはずがない。
そんな訳、無い。有り得ない。考えられない。
もしかしてと思った真実を打ち消し、無意識に顔を強ばらせて、彼女に問いかける。
「……何」
「あっ、ううん……ごめんなさい」
慌てたように目を逸らされる。
……なんで、こんなに微妙な気持ちになる?もしかして顔まで背けられて寂しいとか?
(有り得ないって……)
ずっと見られていて落ち着かなくて、目を逸らさせたのは自分のようなものなのに、今度は自分が彼女を見る立場になる。なんていう矛盾。
そうしたら龍之介に「うちの妹を睨み付けないで」なんて言われてしまった。別に睨み付けているつもりは無い。元々眼光が鋭いだけだ。
「天、って……このガキ?」
楽にわかりやすい位に嫌そうな顔をされる。
一瞬、誰だっけ?と本気で思ったけれど、その顔を見てなんとなく思い出した。
「あれ?もしかして知ってた?」
「まぁな……嫌味な位『本物の天才』で騒がれてたしな」
「……」
瞬間、陽菜乃が驚いたように見つめてくる。
別に『天才』なんて異名、そこまで嬉しくない。というかかなり嬉しくない。
それだけで教師に期待の眼差しを向けられたり、女子に黄色い声を受けたり、男子の嫉妬が込められた嫌がらせに付き合ってやらないといけなかったり、色々と面倒臭い。
…………まぁ、側で純粋な瞳をして「凄い!」という感情剥き出しに、きらきらとした視線を向けられるのは新鮮で、嬉しく無い訳では無いけれど。
「し、か、も。こいつ俺のピアノ全否定してきやがって!くそ、今思い出しても腹立つ!!」
「何。本当の事言われて悔しいの?大人げないね」
「なんだと!?」
だったら今彼女が弾いた音色の方がましだ。
「ちょ、ちょっと待って!」
睨み合いの言い合いをしていると、龍之介が介入してくる。
思わず目障りで楽と二人で睨み付ける。すると、犬のように縮こまってしまった。ちょっぴり泣きそうな所とか本当にラブラドール・レトリーバーに似てる。
龍之介を見ていたから、迫り来る影に気付けなかった。
「お、お兄ちゃんを困らせないで……!く、ください……」
まるで腕を抱き締められるような形で掴まれる。しかも、若干涙目で。それは誘ってるように見えるって、分かっていないのだろうか?
しかも腕に感じるこの柔らかな感触は、まさかとは思うが……。
思わず固まってしまう。すると、楽が突然天の顔を覗き込んでくる。
「…………お前、照れて」
「っ、ない!!」
「だっ!!」
思いっきり楽の足を踏み付けてやる。あまりの痛さに顔を歪めているけれど、そんなのは知らない。
「……っ、分かったから離してよ!」
「ご、ごめんなさい……」
「な……」
い、いや、別に泣かせたくて言った訳じゃ、
自分でも混乱しているのだが、目の前の彼女が泣きそうになるだけで今までにないくらいに焦ってしまう。
どうしようかと悩んでいるうちに、龍之介が陽菜乃の頭を優しく撫でる。
彼女が、少し顔を赤くした。
その、普通の兄弟に無い雰囲気に戸惑う。
「お、お兄ちゃん?」龍之介の方が背が高いから当然だが、彼をちらりと上目遣いで見るその仕草が小動物のような愛らしさがあった。
まさか、自分がそう感じるなんて、信じられない。
「陽菜乃。天はちょっとクールでこんな感じだけど、本当は優しい子だから勘違いしないでね。それに、何かあったら俺が守るから安心して」
優しく微笑む龍之介に、恥ずかしそうに下を向く陽菜乃。
「……うん」
──その恋する瞳に、ボクが彼女を好きになった事を自覚させられた。
少年から見えている世界
(……このボクが一目惚れなんてね)
■■さいととっぷ