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結局その日は楽先生にピアノを教えてもらう事は諦め、帰ってしまった。
勝手に憧れて、彼に恋人がいると知って、勝手にショックのようなものを受けてしまったけれど、心のどこかでは納得していた。
むしろ冷静になった今は、あの二人がお似合いすぎて羨ましいと思う位だ。
(二人共ピアノ弾けるなんて素敵だなぁ……)
やっぱりピアノ、習いに行こうかと悩む。──今度は二人に習いたい。
奏先生の旋律も綺麗で、人を引き込む音色だった。あの音が出せるような人間なら、素敵な人に違いない。
(いや、素敵な人だから恋人がいるんだよね……)
────恋人。
その縁の無い単語にどきっとしてしまう。誰もが憧れる地位。陽菜乃は、そういう事にあまり興味が無かったのだけれど、今はほんの少しだけ興味が出てきたかもしれない。
(……あ、れ?)
一瞬、頭に浮かんだ人物がいた気がする。本当に一瞬過ぎて、自分でも分からなかった位だった。
……今の人が、もしかして、
***
トントン、と扉を軽く叩く。
「おう、入れ」
「失礼します」
まだちょっと緊張しているのか、慎重に扉を開いて入っていく。
「やっぱ陽菜乃か」
「あの、ピアノ……お暇なら、と思いまして……」
「良いぜ、ここ座れよ」
ピアノの前にある椅子を、ぽんぽんと叩いて促す楽。
やっぱり格好いいなぁ、なんて見つめながら、素直にそちらに言って座る。
今日はどこにも奏先生はいないんだな、なんてちょっとガッカリする。
「なにきょろきょろしてんだ?」
「あっ、いいえ……」
奏先生と昨日いた事は、なんとなく言っていけないんだろうと思い、知らんフリをする。
「んじゃ基本的なとこからな」
ドレミファソラシドの位置から始まり、指使いの基本、そして楽譜の読み方を簡単に教えてもらう。
音楽の授業では、ピアノなんて習わないので、なんだか楽しくて笑みが溢れる。
「お前、楽しそうだな」
「えっ」
思わぬ言葉に顔を上げると、案外近くに先生の顔があり、目を丸くする。
あなた距離感間違ってますよ。
「なんか、そういうとこ、あいつに似てる」
「え、あ……う……」
あいつ、とは誰の事だろう。というか考えている余裕が無い位、目の前の彼が優しく微笑んでいる事に動揺を隠しきれなかった。
「ちょ、ちょっと楽!?
俺の妹に何してんの!?」
スパーーン!
どこから、というかどうやって聞き付けてきたのか、分からないけれど突然十龍之介が音楽室に乱入してくる。
他人が見たら、まるでキスをしそうだと思う位に近い距離にいるので、さすがの兄も止めざるをえない。
「おっ、おおおおお兄ちゃん!」
「陽菜乃、大丈夫か!?」
「なんもしてねぇから!俺が手ぇ出したみたいな空気止めろよ!」
兄の所まで半べそで駆けていく妹と、それを受け止めて楽に睨みを利かせる兄に盛大に突っ込む。
「ところで、何しに来たんだよ。
珍しいじゃねぇか。お前がここに来るなんて」
「ああ、そうだった。楽に会わせたい子がいて」
「会わせたい子……?」
「うん。入って来て良いよ」
龍之介がドアの外に向かって手招きすると、誰かが音楽室に入ってきた。
薄く桃色がかった髪を揺らし、目付きの鋭い少年がこちらに歩み寄る。
──綺麗。素直にそう思った。
「彼は、俺達のいた高校に通ってる、
────天だ」
運命とは不確かだけれど
(この出会いは確かに)
(運命だと感じたんだ)
■■さいととっぷ