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『今日は暗くなっちまったからな。明日にでも教えてやるよ』

 あの言葉が、ふと授業中だというのにリフレインしてきた。
 思わず舞い上がってしまう。ああ言ってくれたという事は、その『明日』である今日、またあの音楽室に来て良いという事だ。

(なんか、嬉しいなぁ……)

 つい、にやけてしまう。

 一応他の人にバレないようにと口を手で覆い隠すけれど、横で見ていた七瀬陸には見えていた。
 彼女が笑っているのはとても良い事なのだけれど、その理由がなんなのか分からない内は手放しでは喜べ無かった。

 結局、彼女と環という彼は付き合ってはいないようだった。

──いいんちょに手ぇ出すな

 一織に連れ去れた後、こちらを睨み付けながら言った一言は独占欲と……そして、少しの焦りを感じた。
 それで、嗚呼、彼は自分ともしかしたら同じなのだという事を悟ったのだ。

(……って、言って本当は彼氏だったら立ち直れないかも……)

 心臓だけじゃなく、胃が縮む感覚に発作を起こしそうだった(彼の場合洒落にならない)。

 陽菜乃と陸、隣同士でそれぞれ正反対の顔をしているので、その時教科担任をしていた万理は首を傾げたとか。



 ***



「本当に来ちゃった……」

 音楽室の前に棒立ちになる。

 来たは良いものの、なんとなく緊張してしまって、入っていきにくい。
 こういう時、誰か隣に立ってくれれば、まだ入っていけただろうに。

(あれ、この旋律……?)

 昨日聞いた物と違う。

 曲自体、簡単なものになっていたのだけれど、それだけじゃないように感じた。
 単調。それでいて人を惹き付けるような綺麗で透明感を感じさせる音色。

 自然と手が音楽室の引き戸に伸びていた。

 音をたてないように開けると、ピアノを弾いていたのは楽先生では無かった。
 女性が栗色の髪を揺らしながら、目を伏せたまま弾いている。

 その姿は、昨日の楽に負けず劣らず絵になっていた。

(す、すごい……)

 音色に温度を感じたのは初めてで、陽菜乃は逸る鼓動を抑えきれなかった。

「なんだ、弾けるじゃねぇか」

 ピアノの旋律が止む頃、音楽室の隅から楽先生が彼女に近付いていた。

「がっくんの前だからね」

──がっ、くん?

 ああ、楽だからか。なんだか彼女達のやり取りを見ているだけで「家政婦は見た」という気分になる。
 罪悪感と背徳感が混ざったような気持ち。見てるこちらがなんだかいけない事をしているみたいだ。

(がっくん、なんて呼ぶぐらいだから……付き合って、るんだよね)

 あの先生、なんと言っただろうか。

 確か、今年入った新任の先生で、十六夜奏先生という名前だった気がする。
 副会長が新任の先生の名前位覚えろや、と思うかもしれないけれど、実際あまり接点が無いので、なかなか覚えられないのだ。

(……なんでかな)

 謎の消失感。

 本当に謎で、自分でもよく分かっていないのだけれど、とりあえず何も見なかった事にして扉を閉めた。




 手から零れ落ちるような
(夢から覚める感覚)


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