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「だからあれほど言ったじゃないですか……」
「ご、ごめんなさい……」
隣を歩きながら、頭を下げる。
すると「転びますから止めてください」と頭に手を添えられる。その手がとても優しくて、泣きそうになる。
生徒会の集まりがある事を忘れていた罪悪感と、こうやってちゃんと迎えに来てくれた彼に対する感動、その二つの感情だった。
「……貴方は可愛いんですから、油断しないでくださいよ」
ふと、ぽそりと小さく呟く一織。
「え、っと……?」
今必死に涙を堪えていて、何も聞いていなかった。もしかしたら何か大事な事だったかもしれないと聞き返すけれど、彼は顔を背けて「……なんでもありません」と溢すばかりだった。
なんでも無いと言われると気になってしまう。……聞いていれば良かった。
***
久々の生徒会の集まりは、正直「疲れた」の一言に尽きた。
あの独特な静けさは相も変わらず苦手だ。ただ、静かな空間に一織の声だけが溶けていく、その感じは好きだった。
それに、彼は頭がとても良い分、他人の考えている事が理解出来ず、辛辣な言い方になってしまう事がある。
そういう所をカバーする為に、副会長として隣にいるのだからしっかりしなければと気を張っていた分、より一層疲れてしまった。
今は、暗くなってしまったから自分と帰ろうと言ってくれた生徒会長様を待っている所だった。
「…………あれ?」
椅子の背もたれに思いきり体を預けて、ぐでーっとしていると、ふと何か音が聞こえてきた。
これは……、
「ピアノの、音?」
綺麗なピアノの旋律だった。
音楽に詳しくない陽菜乃でも、難しそうな曲だという事は分かる。一体こんな時間に誰がピアノなんて弾いているのだろうか。
(ちょっとだけ……)
見に行こうかな?と椅子から立ち上がり、音のする方向へ向かっていく。
その後、すれ違うように教室に戻ってきた一織は、当然彼女の姿を必死に探したとか。
***
(やっぱりここ、だよね)
そこは音楽室。当然ピアノもあるだろう。
けれど、大事なのは誰が弾いているか、だ。静かに、扉を開けてみる。
(あれは……、
えっと、楽先生だったかな?)
兄と共に、他の高校から移動してきた先生だった。
彼は、細長い指を鍵盤の上で素早く滑らせていく。その絵になる光景に、目を奪われる。
音も、その姿も、心臓にズシンとのしかかってくる感覚がした。
(そういえば、楽先生って)
その姿を見る事に夢中になっていたら、扉に頭をぶつけてしまった。
「誰だ?」
どきっ、と心臓が跳ね上がる。
体内の血液が冷たくなる感覚がするけれど、そろりと扉の影から中に入っていく。
「えっと、すみません。邪魔をするつもりは無かったんですけど……」
「別に構わねぇよ。あんた、名前は」
「十、陽菜乃です」
「ああ……龍の妹、つったっけ?」
「は、はい」
ピアノから離れ、こちらに近付いてきたかと思えば、上から下まで熟視される。
「なんだ、あんたピアノにでも興味あんのか?」
「そうですね……弾けるようにはなりたいですね」
貴方のように、綺麗な旋律を奏でてみたい。
そんな事は言えないけれど、確かにそう思った。それは、初めて覚える『憧れの気持ち』だった。
「今日は暗くなっちまったからな。明日にでも教えてやるよ」
「本当ですか?ありがとうございます!」
「ああ。だから今日は帰んな」
「……っ」
ぽんぽん、と頭を軽く撫でられる。
兄とは全く違うけれども、その行動に小さなトキメキを覚える。
(なんか……不思議な気持ち)
憧れとは恋と似通っていて
(もしかして、と思うけれど)
(違うような気もするんだ)
■■さいととっぷ