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そんなドキドキと戦いながら、あっという間に放課後になった。
こんなに時が経つのが早いと思ったのは初めてなのではないだろうか。
元来、陸は明るくてムードメーカーなので、クラスのほとんどが友達だった時があるけれど、その楽しかった時よりも時が早いと思った。
今日こそは、と意気込み急いで帰りの支度を済ませる。
「じゃあね、七瀬君。また明日!」
速っ!?
帰りの準備は済ませても、心の準備を済ませるのを忘れていた。
「ま、待って!」
ガタガタッと情けなく慌てて立ち上がる。
なんだか前にも似たような現象が起こったような気がするが、気のせいだろうか。
そんな事を思っていると、彼女は何故かクスリと笑った。
「そういえば昨日、話を聞きそびれちゃったよね、ごめんね。今度こそはちゃんと聞くから」
側に寄ってきてくれる。
……嗚呼、だからそういう所が好きなんだって。
「い、一緒に帰ろ!」
相変わらず、緊張してしまって言葉が一度区切れてしまったけれど──ようやく言えた。
たったそれだけなのだけれど、ちょっとした達成感に駆られ、息を吐き、強張っていた顔も少しは楽になった。
何と、答えるだろうか。
それによって、昨日の「タマキ」という人と付き合っているのか、そうでは無いのかが分かる。
断られたら、その時は──
「……もちろん!」
嬉しそうに手を握ってくる。
そのやわらかくて、すべすべの手の感触に胸が高鳴った。自分の骨張った手と全く違う。
「昨日帰りのお誘いをしてくれてたんだね。……ごめんね。ありがとう、嬉しい」
「ううん!突然変かな、って思って言おうか迷ったんだけど……」
「そんな事無いよ。すごく嬉しいっ」
目を細めて、顔を赤らめる陽菜乃。
「あ……」
その表情が可愛くて、思わず握ってくれていた手に自分のもう片方の手を添えた。
「七瀬君……?」
「あのね、陽菜乃ちゃん、って……呼んでも良いかな?」
「!も、もちろん!いいよ」
「後……ノート、ありがとう。本当に助かったよ、ずっと言いたかったんだけど、タイミング逃しちゃって」
「ううん。七瀬君が登校出来るようになって本当に良かったよ」
優しく笑いかけてくれる。
その笑い方も、本当に好きだと思った。誰もが安心出来る笑顔だと思うし、とても綺麗だと思った。
「俺、君の事が……」
そんな事を考えていたら、自分でもびっくりする位に口が勝手に言葉を紡いでいた。
彼女は目を丸くしていたけれど、しっかりと耳を傾けてくれていた。
添えている手に力を込める。今なら言える気がする。唐突かもしれないけれど、今の自分の気持ちだから。
どうしても聞いて欲しい。
「君の事が、す」
「いいんちょー!」
突然の声に、二人揃って肩を跳ね上がらせる。
ぱっとそちらを向いた頃には、もう既に凄い形相で駆け寄って来ていた。
「おい、あんた……何、いいんちょに触ってんだよ!」
「わ、わわっ!?」
「ちょ、ちょっと、環君!!」
彼は体が弱いのだから、何で再発してしまうか分からないので、陽菜乃は自分と陸を引き離そうとする環を必死に突き放そうとした。
どういう病気かは詳しく知らないけれど、こういう大声を出されたり、突然迫られたりするのが駄目かもしれないと思ったのだ。
けれど、その反応がより一層環の焦燥感を煽った。
「なんだよ……いいんちょ、こんな弱そうな奴が好きなのかよ」
「ち、違う!ただ一緒に帰ろうとしてただけだろ!?陽菜乃ちゃんは関係無い!」
「はぁ……!?」
陸が陽菜乃の前に出て、環を睨み付ける。環は陸が「陽菜乃ちゃん」と呼んだ事にも苛立ちを隠せなかった。
「いいんちょは俺と帰んだよ!」
「それって勝手に決めたんじゃないの?陽菜乃ちゃんが決めた訳じゃないなら、聞かないよ!」
思っていたよりも、陸は自分の意見を持っていて、尚且つそれを相手にはっきりと言えるらしい。
環はもちろん、陽菜乃まで驚いたように彼を見た。弱々しそうだった彼が、一気に逞しく見えた。
「じゃあ、いいんちょに決めて貰えば良いんだろ?」
「うん、それなら文句は無いよ」
顔を合わせて睨み合っていたと思えば、二人でバッとこちらを向いた。
その勢いに後ずさると、とん、と何かにぶつかった。
「ちょっと待ってください」
──和泉一織が、そこに立っていた。
彼はぶつかった陽菜乃の肩に手を添え、いつもより眉間に皺を作りながら二人を見やった。
もしかしたら彼も彼女と帰ろうと思っていたのかと、陸と環は冷や汗を流す。
彼が生徒会長というのは、さすがの環も知っているので、新たな敵が現れたかと拳を震わせた。
けれど、生徒会長はそんな環と陸を見て、一つ大きな溜め息を吐いて一言。
「陽菜乃さんは今日の生徒会の集まりがあります」
「あっ」
────忘れていた。
なんて素敵、なんて綺麗
(一織がもう一度)
(溜め息を吐いた)
■■さいととっぷ