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「おはよー」
彼女が来た。
一瞬で分かった。だって彼女は人気者だから。入ってきて、挨拶をした瞬間にクラス内が今まで以上に賑やかになる。
「お、おはよう!」
自分の隣の机に来る事がまだ慣れなくて、ドキドキしてしまうけれど、勇気を振り絞って挨拶をする。
すると、彼女は優しい笑みを浮かべ「おはよう、七瀬君」と返してくれる。
それだけの事が、本当に嬉しくて、幸せな気分になる。恋とは凄い物だ。
「……良かった」
「?」
鞄からペンケースを取り出しながら、ふと呟く陽菜乃。なにが良かったのだろうかとそちらを向くと、彼女は照れたように笑った。
「今日も七瀬君来てくれたから」
ドスッ、と心に何かが突き刺さるのを感じた。
(う、わぁっ……)
顔が何かに焼かれているかのように熱い。
今までそんな事を言ってくれた人なんて、友達にでさえいなかった。
心のどこかでは、そういう言葉をかけて欲しかったのかもしれない。だからだろうか、
──なんだか泣きそうになった。
「……ありがとう」
***
今日一日、また彼女の隣で授業を受けられると、浮かれていたのかもしれない。
普段しない失敗をしてしまった。
(教科書忘れた……っ)
自分は一体何しに学校に来たんだ、と頭を抱える。
もう少しで授業も始まってしまう。一織のクラスに走っていったら、今度は授業に遅刻してしまう。
果たしてどちらが良いのだろう。
「どうしたの?」
こういう時、一目散に自分の異変に気付いてくれる陽菜乃に、胸を打たれる。
彼女は、これ以上自分を恋に落としてどうする気なのだろうか。
「えっと、あの、
教科書……忘れちゃって」
コミュ症かな?
自分で話している事だけれど、突っ込みたい。何故そんなにどもっているんだ。
「じゃあ良ければ私と一緒に見る?」
「い、一緒に!?」
「嫌?」
「い、い、嫌じゃない!嫌じゃないよ!」
「そっか。じゃあ……よいっしょ」
机を少し動かしてから「はい、どうぞ」と二つの机の間に教科書を置いてくれる。
と、いうか……
(ちっ、近い!!)
今までだって十分近かったのに、机をくっつけた事によって更に近付いた距離に、ドキドキする心臓を抑えられなかった。
むしろ、その心臓の音まで聞かれてしまうのではないかと、はらはらしてしまう。
彼女が下を向いた反動で、はらりと髪の毛が頬に落ちる瞬間すら、間近で見てドキドキする。
(俺の心臓持つかな……)
一応顔を手で隠しているけれど、耳まで真っ赤に違いない。
「あ、七瀬君」
「な──」
何?、と言おうとして顔を上げると、本当に近い所に陽菜乃がいて、思考が停止する。
しかも、髪の毛に優しく触れられる。
「あっ、ご、ごめんね。勝手に触って!」
ぱっと手を離される。
「あ、ううん……」独り言のように小さな声で言いながら、ゆっくりとした動作で首を横に振った。
「髪の毛、跳ねてたよ」
へへ、と自分の髪の毛を指差しながら、まるで悪戯っ子のような顔で笑う。
……やっぱり心臓、持たないかもしれない。
昨日よりも想える自信
(『好き』が積もって)
(『大好き』になった)
■■さいととっぷ