リュウが少し感心したように言う。

たった一瞬で、ルナの命令無しにここまで動いてみせたのだ。たいしたものだった。

「エヴォ……!」

ルナは思わずシャワーズに駆け寄った。

水から出てくる彼女を、抱き締める。

その身体は当然水のように冷たかったが、気にせず自分の身体を擦り寄せた。

するとシャワーズはすごくくすぐったそうでもあり、照れ臭そうに身をよじらせた。

「凄い、凄いよ……! カイリューを、倒しちゃった!」

覚えたてのように「凄い」を繰り返すルナを呆れたように見つめながらも、その瞳には暖かさがあった。

そんな一人と一匹を、温かく、そして羨ましげに見ながらカイリューを戻すリュウ。

「でも」

シャワーズの頬を両手でつねる。

いきなりの事に、まばたきを幾度もするシャワーズ。

「ちょ〜っと、無理をしすぎかな!?」

ルナの言うように、シャワーズは無理をしていた様子があり、身体はボロボロだった。

回復無しのぶっ通しなのだからしょうがないのだが。

問答無用にルナはシャワーズをボールに戻した。

「ゴメンね、ありがとう……」
「良いのかよ」
「はい。これ以上、エヴォに戦わせられません」
「……つー事は」

楽しそうに口元がニヤリとする。

ルナも気付いたのか、不敵に笑ってみせる。

二人はボールを構え、同時に投げた。

「チュカ!」「ヒカリ!」

お互いは同じ『ピカチュウ』を出す。ルナのピカチュウは真っ白なリボンが着いている。リュウのピカチュウは少し頭の毛がはねている。

そして同じく『一番のパートナー』であろう一匹だ。

どちらにも負ける気は、さらさらも無かった。

『電磁波=I』

両者の電磁波≠ヘ互いにぶつかり合っただけで、相手に食らわせることは出来なかった。

お互いのピカチュウは睨み合った。

「チュカ、高速移動=v

ルナのピカチュウは素早く、リュウのピカチュウに近付き、電撃を放った。

「!光の壁≠セ!」

まばゆい光をまとう壁は、ルナのピカチュウの電撃を弾いた。

ルナのピカチュウが後ろに跳ね退いた。

その時に出来た、ほんの少しの隙を狙ってリュウのピカチュウが電撃を放ち、見事にヒットする。

「チュカッ!」
「油断大敵、だぜお嬢さん?」

ピカチュウに走り寄るルナ。

まだ大丈夫、と言うように余裕の笑みを一生懸命浮かべるピカチュウ。

「(私がしっかりしなきゃ!)チュカ10万ボルト!!」
「ヒカリ、こっちも10万ボルト≠セ!!」

大きな電撃がぶつかり合い、爆発が起きる。

もはやこの部屋はボロボロになっていた。それでも崩れないのは見上げたものだった。

煙が立ち込める状態で、ルナが叫ぶ。

「チュカ、雷  ッ!」

煙が雲のようになり、そこから雷≠ェ落ちる。

「っ!」

リュウは思わず息を飲んだ。

ただでさえ雷≠ヘ命中率が低いのに、こんな煙が立ち込める状態で使ったら、もしかすると技を指示した自分に当たるかもしれないのに  

煙があがる。

ぱらぱらと天井から崩れたコンクリートが落ちる音がリュウの耳を支配した。

「……あ」

リュウは目の前の事態に目を見張った。

自分のピカチュウが、パートナーが、ぐったりと電気を帯びながらも  立っている。

側のルナのピカチュウは同じく電気を帯びている。  倒れているが。

「チュカ!!」「ヒカリ!!」

二人はそれぞれのピカチュウのもとに駆け寄ろうとする。

その時、状態が逆転する。

リュウのピカチュウは力無く倒れ込んだのだ。

逆にルナのピカチュウは、その重い身体を踏ん張り起こした。

「まさか、そんな……」
「チュカ!! バカっ。そんな無茶して起きなくても良いのに!」

少しピカチュウを叱る口調で言うが、ピカチュウを抱き締めると途端に弱々しい口調で「ゴメンね」と言い始めた。

「こんな無茶な賭けをさせて、こんなにボロボロにしちゃって……ごめんなさいっ!!」
「今は、勝った喜びに浸ったらどう?」
「え……?」

リュウもボロボロのピカチュウを腕に抱いて、頭を撫でていた。

「ポケモン思いなのは良い事だけどさ。でも、思ってるからこそポケモンの努力に『ありがとう』って言うべきじゃねーか?」

ふわりと、優しく、花のように鮮やかで綺麗な笑顔を見せる。

腕の中のピカチュウを見ると、ピカチュウも褒めて褒めてと言うように笑っていた。

「……ありがとう、チュカ」

ピカチュウが小さく鳴く。

広くて何も無い部屋に夕日が射し込み、蜂蜜のようなあでやかな金色に染まる。

ルナの向日葵のような髪の毛も、綺麗な金髪のように見えた。

リュウは見惚れているように、頬を薄桃に染めて目を細めた。

「綺麗だな……」
「え?」
「へ!? あ、や、あははは! いや、もう夕方なんだな〜って!」

つい口に出してしまった事に気付き、先程より顔を真っ赤にして誤魔化した。

ルナはそんなリュウに気付く事も無く、「大変!」と慌て始めた。

「来たときは真昼だったのに!」
「そこの回復マシン使ったら早く行って、加勢してやりな。多分、マチスとキョウは倒されてるだろうが……ナツメはそうも行かねーだろうな」

リュウはシワが出来る位眉をひそめて言った。

「ナツメ?」
「黒髪の超能力戦士だ。エスパーポケモン使いであると同時に、ナツメ自身が超能力者なんだ」

マサラの研究所を襲った黒髪の女性と重なる。

(あの人が……ナツメ!?)

リュウの口振りだと、ナツメが三幹部の中で一番強いのだろう。

しかし、

「良いんですか? 私に情報を与えて。裏切り者になりますよ……?」
「裏切り者、か」

一人の、熱き心を持った研究員を思い浮かべる。

「良いんだ。ロケット団はいずれ無くなるから」
「リュウ君……」

切なくて、見るだけで自分も泣きそうになる顔をするリュウ。

ルナは少しためらったが、一番聞きたかった事を思いきって言う。

「……イーブイを逃がしてくれたのも、リュウ君ですよね?」
「! ……何で?」
「イーブイは人間不信で、私以外の人には威嚇しちゃうんですよ。でも」

あの時。

汗だくになりながら炎の石を渡しに来た時、確かにイーブイを出していたはずなのに、威嚇の声は全く聞こえなかった。

全く知らない、他人のはずなのに。

「だから、リュウ君が逃がしてくれたんじゃないかと思ったんです」
「え、何。まさか、オレがロケット団な事気付いて、た?」
「はい」

速答された。

リュウは手を床につけて愕然とした事実に絶望しきった顔をしていた。

「一人だけ盛り上がって恥ずかし! 何が『オレは、ロケット三幹部補佐のリュウ』だ!!」
「で、でも、何となく、ですよっ。良い人っていうのはわかってましたし! 三幹部補佐っていうのは知らなかったですし!」

わたわたと弁解するルナ。

「良いよ、別に。……もしかすると、気付いて欲しくて、わざと導こうとしてたのかもしれないし」
「………」
「さ、行った行った」

ひらひらと手を振ってルナに早く行くように急かす。

なんだか少し拒絶のように見えて、

「はい……」

と返事をする事しか出来なかった。

「あ、そうだ」
「は、はい?」

ルナは予想外の呼び掛けに拍子抜けしながら振り返る。

振り返った先には、生真面目な顔で目を細めている危うそうな表情のリュウが。


「ナツメには気を付けたほうが良い」


これにはうんともすんとも言う事が出来なかった。


少年との勝負の行く末
(リュウ君が危険視する)
(ナツメさんって一体……?)


20121202

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