二人の口から息が漏れる。

楽しげに口角が吊り上がり、目が細くなる。

今、二人の気持ちはシンクロしている。

──凄く楽しい!!

二人の運命は、とても愉快なものでは無いが、今の瞬間はそれを忘れることができた。

「こんなに楽しいバトルは初めてだ!!」
「私もです……!」

紅潮した頬でルナはリュウの言葉に同意する。

お互いは、次のボールを握り締める。

「こいつは……、オレもあまりまともに扱えた事の無い暴君だ」

そう言ってボールを投げると、ボールが開き、そのボールの中からは強風が巻き起こる。

ルナは、顔の前に庇うようにして挙げていた腕を下ろしてリュウの出したポケモンを見ると、呆気にとられた顔になる。

よく見ると、絶望した顔でもあったのかもしれない。

「か、カイ……リュー!?」

カイリューは、お月見山の時とは雰囲気がまた違っていた。

「しかも、前に誰かにいつのまにか瀕死寸前にされて、特にここのとこ機嫌がわりーんだよな……」
「え……」

非常にタイミングが悪い事態に、ルナは肩を落とさずにはいられなかった。

実のところ、犯人はレッドなのだが。

ルナは覚悟を決めたようにボールを強く握り締めて、投げた。

中からはふわふわの体毛のイーブイ。

攻撃の体勢になったリュウに、ルナは待ってと手を前に出して合図する。

スカートのポケットから出したのは、青い、石だった。

「それは……!」

ルナはイーブイに青い石を見せると、イーブイは過剰に思える程ビクリと反応する。

イーブイがどんな問題を抱えているのか知っているリュウは、ルナの正気を疑った。

「怖いよね。友達が目の前で自由に進化できるように改造されたんだもの、怖いよね」

信じられない位、冷たく、厳しい目付きと口調だった。

「私も」

途端に少し、不安そうな、今にも泣き出しそうな顔をしながら二の腕を手で握りしめる。

「私も、ロケット団と戦うのは………怖い」

その言葉を物語るように、ルナの身体はわなわなと震えていた。

今だってルナは、逃げ出せるのなら逃げ出したい気持ちが、少しも無いわけじゃない。

「でもね」

少しルナはイーブイを諭すような口調になる。優しく、儚げな声。

「なにもかも逃げ出しちゃダメ。それじゃいつまでたっても、貴方の心が進化しないんだよ?」

心が進化しない、つまり成長しないという事だ。

新たな姿に進化しなければ、また、心も進化しない。

それは、一生弱い自分でいるという事。

ルナはその愚かさを知っている。

「私はリュウ君を倒し、そして……倒すべきロケット団を……倒す!!」

リュウの後ろにある扉を揺るがぬ瞳で見つめ、前に進む覚悟を示すかのように真っ直ぐ立っている。


「だから、貴方も共に戦ってくれないかな。ロケット団と。そして、自分の運命と!」


驚いたようにルナを見上げていたイーブイは、真剣な顔つきになり、うなずく。

それとほぼ同時に、イーブイがルナの持っている石に反応して姿を変え始めた。

不思議なもので、リュウにはその時の光が、運命の希望の光なんかに見えた。

「行くよ……シャワーズの、エヴォ!」

シャワーズが雄々しく鳴くと、後ろ足で床を蹴り、カイリューに向かってくる。

カイリューは目を光らせ、そのとても大きな身体を浮かせた。

羽ばたくと強風が吹くが、そんな強風を物怖じせずにシャワーズは的確にカイリューの動きを観察した。

「エヴォ、ハイドロポンプ=I」

隙が見えた場所に、シャワーズは大量の水を、口から勢い良く噴射する。

しかし、そんなのはぬるいと余裕の笑みを浮かべるカイリュー。

カイリューのタイプはドラゴンと飛行。水タイプは効かない。

だがそんな事は百も承知だった。

「ツバサ、気を抜くな!電磁波=v

リュウがそう言うも、確かにきかん坊の暴君らしく、聞く耳もたずらしい。

指示とは違う技を使う。

ぎりぎりルナとシャワーズは、カイリューがなんの技を出すか把握できた。

ゆえに、カイリューの技を避ける事に成功する。

「あ〜、もう!!竜の怒り≠カゃねーっての。怒りたいのはこっちだ、バカ」
「リュウ君、バカって言っちゃいけません」
「え、ゴメン……」
「リュウ同士仲良くしてくださいよ」

「精進します……」なぜかルナに頭が上がらないらしく、試合中に関わらず頭を下げている。

後にその事に気付き、リュウは勢い良く首を横に振る。

「じゃ、ないだろ! 試合中だっての! ツバサ、翼で打つ=I」
「っ!アイアンテール=I」

今度こそは指示通りに動くと思って構えたが、カイリューはやはり反抗期の少年のようにそっぽを向き、口を開ける。

そのまま光線を放つ。

これにはルナは勿論、主人であるリュウまでもが目が飛び出そう位の勢いで驚いた。

「破壊光線≠チて……あのなぁ!?」

シャワーズはたいしたもので、冷静な判断で絶妙な場所に避けていた。

または、冷静を装っていただけなのかもしれない。

ルナもその努力を見習わなければ、とカイリューをきつく見据えた。

破壊光線≠ェ当たらず不服なのか、カイリューは悔しそうに尻尾で床をバンバン叩く。

「指示無視して当たんねーんじゃ話にならねぇ……」

ぽつりと呟いた声を、カイリューが拾ってしまったのか、ギロリと睨んでくる。

リュウは何か思い付いたのか、余裕の笑みを浮かべる。

「…………勝ちたいか?」

そのリュウの言葉に、カイリューは当然だと言うように雄叫びをあげる。

カイリューのそんな様子にリュウの顔は、妖艷にほころぶのだった。

「そうか、勝ちたいか、ツバサいやカイリュー。──なら、策をやろうじゃないか」

これにはルナも、ポケモンであるカイリューも訝しげな顔だ。

「策=Bそれは、オレの指示に従う事だ」

はぁ? 何言ってんだ、バカじゃねえの? 死ね。

と思っているような、腹が立つ顔をするカイリューに怒りを覚えるが、無視。

対してルナは感心して「おー!」なんて言っている。

リュウは交渉を企み、カイリューの肩に手を置く。

「まぁ、聞け。オレはまかり間違っても、ポケモントレーナーだ」

あくまで、優しく、たしなめるように言う。

「そこにお前の、実力を掛け合わせれば……最強&最凶だ!!」

カイリューはリュウの話にぐらついているようで、真剣に耳を傾けている。

しめしめと思い、交渉術を続けた。

「オレの実力を疑ってるみたいだな……。そうだな〜、お前とは一番ロケット団の活動をする事が多いからわかると思うがな、ロケット団は実力派揃いだ。
 何? 弱い奴もいたって? バカだなー。そいつらは、三幹部にもなれないクズだ! オレは『三幹部補佐』だぞ! 強いんだぞー。
 それに、カイリューの実力があれば、あんな弱い奴等でも指示さえあれば世界征服だってできるんだぜ?」

カイリューの瞳がきらきらと輝き始める。

交渉成功だ。

「じゃあ、指示を聞いてくれるな!」

張り切ってうなずくカイリュー。すっかり有頂天だ。

「良かったですね。それじゃ、再開しますか」
「お待たせしたな。今度は良い勝負になるぜ」

フッと笑い合い、再び構え直す。

「エヴォ、噛み付く=I」
「電磁波≠セ、ツバサ!」

交渉通り、カイリューは指示を聞き、シャワーズが自分を噛みついた時に電気を発した。

この不意討ちにはシャワーズも対処しきれなく、避ける事が出来なかった。

「エヴォ!」
「これで素早さも下がって、攻撃しにくくなったろ」
「やっぱり、指示を聞くようになったら強いですね……」

少し目を細めて、危うそうに言った。

その快感と言ったらなかった。頑張って交渉したかいがあったというものだ。

しかし、そんな余韻に浸っている場合でも、無かった。

隙を作ってしまったようで、素早く攻撃してきた。

カイリューは見たこと無い位に苦しそうに顔を歪めている。

「マジかよ……、オーロラビーム!?」

ドラゴンと飛行のタイプを持っているカイリューには非常に辛い、氷タイプの技だった。

そんな技があるとは思わなかった自分の油断に、悔しそうに自分の皮膚に爪を立てる。

「カイリュー!」

だがカイリューは、すぐに戦おうと必死に立とうとしている。

カイリューの健気さには涙が出てきてしまう。

「そうだよな……、ツバサ竜の怒り≠セ!!」
「ハイドロポンプ=I」

一瞬ハイドロポンプ≠ェ優るが、やはり竜の怒り≠ェ強いのか、ハイドロポンプ≠押しきってシャワーズを襲う。

「エヴォ!」

戦闘不能にはなっていないものの、少し迷ってからシャワーズをボールに戻した。

(──って事は残りは)
「チュカ、少し力を貸して!」

ルナと同じ真っ白なリボンを耳に着けたピカチュウを出す。

交代するとは思わず、リュウは少しばかりたじろぐ。

「電磁波≠セ!」
「10万ボルト!!」

強力な10万ボルト≠ヘ電磁波≠巻き込んでカイリューを感電させる。

尋常じゃない位効いている事に不思議に思うが、カイリューを舐めるように見ると、原因を理解したように眉をひそめるリュウ。

「ツバサの身体が濡れてる……」

先程のハイドロポンプ≠思い返す。

確かに、押しきって攻撃できたが、見えないように『一部分』だけ当てられていたら? この攻撃も、確実に『一部分』だけに当てられていたら?

ルナの頭の回転の速さと、ポケモンの確実にその場所に当てる力に唖然とさせられる。

その時、ルナがピカチュウをボールに戻す。

「ありがとう、チュカ。またお願いね──エヴォ!」

案の定、シャワーズが再び場に出される。

さっきのシャワーズとは何かが違う、そう思った。

「! そういや、麻痺が治ってる……!」
「リュウ君がカイリューの状態を夢中に観察している間に、使わせて頂きました」

ルナは小さな小瓶を人差し指と親指を目一杯伸ばして持っている。

これまた油断した、と頭に手を当てて溜め息を吐く。

いつもなら申し訳なさそうにしそうなルナがバトルモードの為、クールに笑っている事に気付く。

(バトルになると性格変わんだったな……)

その事に、少しの恐怖を感じながらリュウは、挽回のチャンスを狙っていた。

ルナが見せたのは空になった『麻痺治し』だった。『回復の薬』等ではなかった。

つまり、HPは回復していないという事だった。

「ツバサ、よくシャワーズを見て……破壊光線≠セ!!」
「避けてッ!」

咄嗟の言葉だった。

威力にしては命中率が高い技で、何かの技で相殺する事や弾き飛ばす事も出来ない。手の打ちようが無かった。

ルナの場所どころか壁をぶち壊した破壊光線≠ヘ、壁を壊した事もあって大きな煙を巻き起こした。

目の前が見えない。シャワーズは無事だろうか……。

それだけが気がかりで、煙が立ち込める中を手探りでさ迷う。

(どこなの……エヴォ!)

その時、大きなものが倒れる音が部屋全体を響き渡る。

勿論、リュウも聞こえたわけで、遠くからリュウの不安げな声が聞こえてきた。

「な、何だ!?」

だんだんと煙が引いていく。

二人はとりあえず目の前の状態を確認する為に、目を凝らす。

カイリューは……、いる。が、

「ツバサ!? お前、何で、倒れて……!」
「エヴォは!?」

まんべんなく部屋全体を見てシャワーズを探すが、何も無い部屋にシャワーズの影は無かった。

まさかと思い、穴の空いた壁を見る。

あそこから外に出てしまったんだろうか。

ルナが穴に近付こうとする──

「待て、ここだ!!」
「え!? ──あ」

シャワーズは、水と一体化になった姿になっていた。

水と似た細胞を持っているシャワーズは、水と溶けるように一体化になることができるのだ。

思わず安堵の息を吐く。

「多分、シャワーズは水と一体化になって破壊光線≠避けてからオーロラビーム≠放ったんじゃないかと思う」

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