「ああ、そうじゃ。お前さんに渡したい物があったんじゃ」
「?」
「これじゃ」

白衣のポケットから取り出した赤い箱を、ルナの目の前に突き出した。

ルナはその赤い箱をまじまじと見つめた。

なんの箱だかもわからないのに、その箱に魅力を感じていた。

「これは『ポケモン図鑑』。ポケモンと出会うごとに、そのデータを記録していける」
「! 凄い……でも酷いです」
「どうしてじゃ?」
「そんな凄い物なら、お手伝いしたかったです……」

ルナは探究精神旺盛、というか、自分の知らない事を知ったり、自らやったりするのが楽しくて大好きだった。

だから、きっと図鑑を作るなんて未知の事、凄く楽しかっただろうに。

思わずガッカリしてしまう。別に博士は悪くは無いが。

それでも図鑑から目を離さないのは、魅力に惹き付けられたからだろうか。

「それはすまなかった。ルナを驚かせたかっんじゃ」

優しいオーキド博士は、申し訳無くしながら、ルナの小さな手にポケモン図鑑を収めた。

「?」

どういう事だろうかと、図鑑と博士を交互に眺めると、博士は優しく微笑んだ。

「そいつを、君にやろう」
「え」

ルナは耳を疑った。

今、目の前の博士はなんといった?

『すまん! 驚かせてしまったか?』

それは前過ぎる。

『さすがは自慢の助手じゃ』

いやぁ、これは何度聞いても照れ  って、違う。

もっと後だ。

『そいつを、君にやろう』

これだ!

ルナは改めてその言葉を咀嚼する。

そいつ=ポケモン図鑑。

君=ルナ。

やろう=そのまんま。

「って、えええええ!?」
「い、いきなりなんじゃ!?」

いままでフリーズしていたルナが急に大声を出すものだから、オーキド博士は耳を塞いだ。

「だだだだだって、こっ、ここここ、こんな、こんな、すっ、すっ、凄い物っ」
「お、落ち着け!」

図鑑を両手に持ち、わたわたキョロキョロバタバタとするルナ。

よっぽど衝撃的だったのだろう。

「私なんかにっ、勿体無いですっ」

しかし、オーキド博士は首を振った。

なぜなら、彼女が「私なんか」では無い事を知っているし、なにより、オーキド自身が彼女に図鑑を託したかったからだ。

「君に、持っていて欲しいんじゃ」
「でも……っ」
「それに、これは研究の一環じゃ。わしの助手として、断る訳にはいかないと思うんじゃが?」
「そ、れは……」

少し意地悪な博士の言葉に、ルナの言葉は後にいくにつれて萎んでいった。

そんな言い方をされたら、誰が断れるだろうか。

「……」

俯いていると、ピカチュウが肩に乗り、顔を覗き込んでくる。

ピカチュウの気持ちは分かる=B

受け取った方が良い、とそう言いたいのだ。

その強い気持ちにルナは、ふっと微笑んだ。

「分かりました! 頂きます!」

向日葵のような笑みを浮かべて言えば、オーキド博士もまた、優しい笑みを浮かべてくれる。

本当に、博士は良い人だ。


始まりに合図は無い
(いきなり始まってしまった)


20120308
20140119

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