「そのイーブイ、私が探す」
「え!?」

エリカは思わず手に持っている紅茶をこぼしかける。

「ダメ?」
「い、いえダメでは無いですけど……」
「何でそんなに歯切れが悪いの」

危険な事この上無い。

ルナが心配で堪らなくなる。

「危ないですわよ?」
「大丈夫だよ。私だって旅をして強くなったんだよ」

そう言って、ソファから立ち上がる。

「それに何よりイーブイを改造される前に助けたいから」

ふわりと優しく微笑む。

エリカもつられて微笑みながらルナには敵わないな、と感じていた。

危険な事を承知の上でイーブイを助けたいなんて人が良すぎる。

ルナの去っていく後ろ姿を見つめながらそう思った。

「……頑張って下さいね」


* * *



ルナは当ても無くフラフラと歩いていた。

考えてみれば、探しかたによっては改造されたイーブイを見つける場合だってある。

大体改造されたイーブイと普通のイーブイの違いがいまいちわからない。

「イーブイはどこだろう、ねぇ?」

ピカチュウに目線を移すが、目を逸らされてしまった。

とりあえずタマムシシティの周辺にいると踏んだのだが……。

広い草原にはポケモンが一匹たりともいなかった。

サンドとロコンが走り回っているだけだった。

検討違いだったのだろうか。

そう思った、その時だった。

イーブイの鳴き声が聞こえたのだ。

とても苦しそうで、悲しそうで、今にも消えそうな弱々しい声だった。

ルナは目をつむり、耳を澄ました。

サンドとロコンも走り回るのを止め、ルナを静かに見つめた。

……キュウイ。

「今だよ! チュカ、電磁波=I」

電磁波を前へと飛ばす。

しかしそれは当たらずに、茶色い物体だけが姿を現した。

イーブイだった。

イーブイは、酷く警戒していて、威嚇までしてくる。

仕方ない事だ、とルナは眉を下げて悲しそうな顔でイーブイを見る。

このイーブイは改造されたかされそうになったのだ。

人間を信じられなくなってもおかしくない。

ルナはその思いがわかる。わかってあげられる。

「怖がらなくて良いよ」

それでもイーブイは体毛を逆立てている。

一筋縄ではいかなさそうだ。

「私は何もしないよ」

手を広げて何もしない事をアピールする。

しかしイーブイは憎悪に満ちた瞳でルナを見る。

完全に疑心暗鬼になっていた。

その事実に悲しみを感じながら、諦めずに手を広げてイーブイに近付く。

「大丈夫だよ」

イーブイは少し目を丸くしたが、ルナに襲いかかった。

尻尾でルナの顔を叩きつけられた。

「っ痛ぅ……」

痛みに顔を歪める。

ピカチュウ達が心配そうにルナに近付く。

大丈夫だ、と顔を横に振るとイーブイの方に目を向ける。

そのイーブイの表情は憎しみだけが満ちた様に見えるが、本当はすごく怖いのだ。

誰も信じられなくなって、そんな自分が怖いのだ。

ルナにはわかった。

「イーブイ。怖くないよ」

優しく微笑んでイーブイに近付く。

イーブイは動揺しながら後ずさる。

「……寂しいんだよね」

そう言うと、イーブイはまるで心を見抜かれて驚いた様に立ち止まる。

そんなイーブイを、ルナは抱き締めた。

イーブイの体は小刻みに震えていた。

「憎いよね、人間が」

自分もかつてそうだった、と心の中で呟く。



  誰の事も恨んじゃ、ダメだよ」



いつか自分が言われた言葉をイーブイに言ってあげる。

「憎しみは何も生まない。憎みたい気持ちはわかるけど、誰も信じられなくなるのは辛いよ」

人を信じられなくなる事は、寂しくて、辛くて、虚しい事だとルナは知っている。

そんな時、周りの人達に支えてもらった。信じてくれた。温かさをくれた。

だから今度は自分が  

「私があなたを守る」

そう言ってより一層強く抱き締めると、ルナの服がじんわりと濡れるのを感じる。

見ると、イーブイはそのアーモンド型の小さな瞳から、それこそ真珠の様な涙をこぼす。

黙って静かに頭を撫でてあげる。

いままでのイーブイの心の傷を癒してあげられるかはわからない。

だけど、

「今日からあなたは私の家族≠セよ」

共に過ごして、笑っていて欲しいと願うのだった。


憎しみなんて捨てて
(これから沢山笑おう)


20121104

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