カスミは自然と小さな声でルナに話しかける。

「どうしたのよ?」
「あ、いや。……レッド君には、裕福な事を知られたく、無くて……」

ルナが表情を暗くする。

「苦労知らず」。昔、投げかけられた言葉だった。

どんな人に言われたか、なんて言葉だけが衝撃的過ぎて覚えていなかった。

人間というのは偏見に頼ってしまうものなのだ。

それでも両親がいなくて寂しい思いをしていたルナにはショック過ぎる言葉だった。

だからそれ以来、自分から家が裕福な事は言わない様になった。

もう二度とあんな事は言われたくないから  

カスミにはその事を話した事があった。だからだろう。その言葉だけ聞いてハッとした表情になり気まずそうに俯く。

「どうしたんだ、二人共?」
「あ、いや……。わ、わー凄く美味しそうな食事です!」

いきなり表情が暗くなった二人を不思議そうに覗き込んでくるレッド。

そんなレッドに、誤魔化す様に笑顔を作る。

レッドはルナの嘘に気付かないのか、「そうだなー」と相槌を打つ。


* * *



それからというもの、レッドはルナがこ慣れた風にフォークとナイフを使う事に疑問を抱かない位、先程のオツキミ山での出来事をメイド達に自慢気に話していた。

ルナにとっては全く楽しめ無かった。

それと言うのも、レッドが自慢気にメイドに話している事もそうだが、話の内容に『ロケット団』が出てきたからだった。

仇として見ているロケット団の名前が出てくるだけで、ルナの気分は暗くなっていった。

カスミもそんなレッドに眉をひそめる。怒り、そしてルナの事を考えると、可哀想だったのだ。

「ロケット団を相手に、オレの大活躍ときたら…」
「……。ちょっとレッド。食事がすんだら話があるんだけど…」
「なんだよ? うるさいなあ、もう! いいところなのに…」

レッドがへらへらしてカスミの言葉を流そうとするが、カスミは無視して話を続ける。

「もうすぐポケモンたちの回復もすむわ。そうしたら、さっそく今晩からでもロケット団に対抗する特訓を始めようと思うの」
「特訓?」
「ええ、オツキミ山で出会った奴らが主領格とは思えないでしょ。彼らより強い敵が、まだまだいるはずだもの」
  私」

レッドが答える前に、ルナが口を開く。

カスミが驚いて、レッドとは逆隣にいた為、首を思い切り動かしてルナを見る。

「その特訓、私もやります!」
「………ええ!」

カスミが力強く首肯してくれる。

それからレッドに向き直る。

レッドの意思を確認する為だろう。

「レッド、貴方は  
「必要ないよ、そんなの」
「……!」
「!!」
『どおして(ですか)!?』

ルナとカスミが一緒に驚いていると、レッドは人指し指を立てて得意気に言う。

「オレの実力があれば、あんな奴ら敵じゃないってこと!」
「敵は強大よ! 思いあがらない方がいいわ!」
「そうです! あいつらは、本気を出せばポケモンだって人だって  
「しつこいなあ。やられて気絶したのは、自分の方のくせに…。しかもルナには関係無いじゃん」

刹那。

乾いた音が食事の場に響く。

ルナがレッドにビンタをしたのだ。その目には大粒の涙。そして怒りの表情。

レッドはルナが怒っている表情を初めて見て、ただただ口をポカンと開けていた。

そしてルナは何も言わずに出ていってしまった。

「! バカ!!」

カスミが続く様に、涙をルナほどでは無いものの流して怒鳴る。

それを見て、我に帰り、ハッとするレッド。

「…な、なんだよ、泣くことねーだろ!」

だがカスミはそのまま大きな音をたててルナを追いかける様に出ていく。


* * *



そこは風通しが良く、水の香りが一番する部屋  と言っても部屋らしくは無い  だった。

部屋の角で膝を抱えているルナをカスミが見つける。

カスミは少し息を吐いて、ルナに近付く。

「やっぱりここにいた」

そう声をかけると、少し肩をビクリとさせてからカスミを潤んだ目で見つめる。

「ルナここ好きよね。何かあるとここにいるわ」

懐かしむ様に少しニコリと笑って隣に座る。

ルナのドレスはもうぐしゃぐしゃになってしまっていた。

「………私、レッド君をぶつつもりなんか無かったの」
「……うん」
「………っただ、レッド君に『関係無い』って言われて、悲しかったの……!」
「………うん」

溢れて止まらない涙。

ルナの隣で静かに相槌を打つカスミ。

その気持ちは痛い位分かった。



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