ルナは今、大層困っていた。 とにかく困っていた。 「ここ……どこだろう」 まさか本当にタウンマップを忘れて、しかも迷うだなんて。 リナには容易に想像できたが、本人はまったく思ってもみなかった事だった。 箱入り娘だったルナはほとんど外に出る事が無かった。 最近になってようやくオーキド研究所と自分の家を往復できるようになった位だった。 ただ、不思議な事にタウンマップはちゃんと頭に入っていた。 なのになぜ道に迷うのか。それは誰にもわからなかった。 「だ、大丈夫、チュカ! ここからトキワの森へはさほど遠くない……はず……」 ルナの足下にちょこちょこ着いて行っていたピカチュウとロコンは心配気に主を見る。 「……………どうしようか」 「どうしたんだい、そこの可愛らしいお嬢さん?」 「へ?」 どこかからかナンパ臭い言葉が聞こえてくる。 ピカチュウはそれを聞いて嫌そうな顔をする。よほどクサかったのだろうか。 「どなたでしょうか……」 キョロキョロと辺りを見回すが、誰の影も無かった。 すると、後ろからツンツンと突っつかれる。 「え 「ここ、ここ」 振り返ればいつのまにか後ろには、自分とだいたい同じ年位の黒髪の少年が居た。 少しばかり髪が長いが、チャラい印象は無く、反対に真面目そうな好青年に見える。 「いつのまに……」 「それより、どうした? 困ってたみたいだけど」 不思議そうに聞くも、話を逸らされる。 ルナはそれに疑問を抱かずに、そうでしたと手を叩く。 「あの、迷ってしまったんです……」 「へぇ。どこに行きたいの?」 「えと……とりあえずニビへ」 「ニビってこっから近いはずなんだけど……ま、いいや。着いといで」 はい、と返事をするとルナは彼の後ろに連いていった。 なぜかここまで優しくしてもらっているのに、少しだけ自分は彼が苦手だな、と疑問を抱きながら * * * ルナはまた、大層困っていた。 とにかく困っていた。 「ちょっ……、あ、あんまくっつくなよ」 「だって虫ポケモンが……」 「ピー」 「ぎゃああぁぁ!!」 いつもの丁寧でおとなしい彼女の陰が全く無い叫びかただった。 ルナは虫ポケモンがとても苦手だった。 『嫌い』では無く、『苦手』なのだ。正直、あまり見たいものでも無いが。 「たかがキャタピーじゃん……」 「それでも苦手なんです!」 はぁ、と溜め息を吐くと腰のボールからポケモンを取り出した。 出てきたのはガーディだった。 「ヒエン、ひのこ=v 少年はキャタピーには当てず、近くにひのこを飛ばして逃がした。 その様子を見てルナが首を傾げる。 「倒さないんですか?」 「いや、だって普通だったらそのまま通り過ぎるだけだし……。無用なバトルは必要無いと思うし」 「……優しいんですね」 ふわりと優しい笑顔になる。 間近で見て、不覚にもちょっとドキッとしてしまった少年。 同時に驚きの声を出す。 「はぁ!?」 「だってキャタピーを傷付けたくなかったんですよね?」 「いや、まぁ、そう、だけど……」 言いよどむ少年にニコニコと和やかな笑みを浮かべるルナ。 少年は照れ臭くなり、頬を掻きながらそっぽを向いてしまった。 それを見て先程よりも和やかな笑みを少年に向けるルナ。 と、その時 ズウ……ン。 「 「!」 大きな揺れが二人を襲う。 そんじょそこらの地震より遥かに大きな揺れだった。 「あれだ!」 上を仰ぎ見れば、少し遠目の所にポケモンのガルーラが立ちはだかっていた。 「あれは親子ポケモンのガルーラ! 確かこの前見た本では、『メスはお腹の袋に子供を入れて育てる。連続パンチ攻撃が得意』って書いてありました!」 「うわ、歩くポケモン図鑑みてぇ!」 ルナがスラスラと解説すると、少年が驚いた様に言う。 それを聞いて、少し照れた様にエヘへと笑う。 「沢山本を読みましたから」 「………ふーん」 「ところで、なぜポケモン図鑑の事を?」 「まぁ、色々」 「?」 「それより、逃げるぞ」 「え!?」と耳を疑う様に驚くルナ。その顔には何でという二文字が書いてあるかの様だった。 それに対して少年は深い溜め息を吐く。 何か気に障る様な事を言ってしまったのだろうか。 「見ろよ。火が点いてるだろ? 今誰かがゲットしようとしてるんだよ。迷子少女が関わる事じゃねーだろ」 「………そう、ですね」 ガルーラを捕まえてみたかったルナは少年の鋭い目付きに渋々頷いた。 ←|→ [ back ] ×
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