「………ルナ」
「………はい」

もうレッドの姿は無く、建物の中にはオーキドとルナだけが居た。

ただ、先程までの生き生きとした雰囲気は無く、重々しい雰囲気がそこにはあった。

「やはり……行くのか?」
「………はい。ロケット団が近くに現れましたから」
「恨みは何も生まんぞ」

博士がキツくルナを見る。睨む、とは少し違う感じに。

ルナは博士の目を静かに見た。

「これは、恨みを晴らす為じゃありません。これは……私の気持ちを整理させる為です」
「………わかっておった。だからこそ、ポケモン図鑑を渡したのじゃ」

ルナは「え?」と目を見開かせた。予想外の言葉だった。

「これで明日からまた忙しくなるのう……」
「でっ、では!?」
「行ってこい。お前の……ルナの旅に」

それを聞き、目頭が熱くなった。

我慢だ。我慢。笑顔で別れたいから。

それから精一杯、向日葵のような笑顔を作った。

  行ってきますっ!!」


* * *



トキワとマサラの境にはポツンとしていて、それでいて堂々と豪邸が建っていた。

人々は余り寄り付かない。そんな場所だった。

人々『は』。ポケモン達はと言うと、沢山の種類、数が気持ち良さそうに昼寝をしていた。

ここは、トキワの空気もマサラの空気も感じる事ができる、ポケモン達にとっての安息の場所だった。

ガサ。

そんな音がしてもポケモン達は逃げようとはしなかった。何故ならば、知っている匂いだからだ。

「皆ただいまっ」

ルナは逆にポケモン達に歓迎すらされている様だった。

むしろ、遊びたそうにルナに近寄るポケモン達。

「後で、後で! 今は支度しないとなんだ!!」

そう言って、自分の家へ向かう。そう、あの豪邸へ。


* * *



「ただいまー」

長い庭を突っ切って、家の中に入っても長い廊下が続いていた。

一番近くの部屋に入ると、ルナに似ている少女がソファに座って分厚い本を読んでいた。

その少女はルナの方に振り返る。その時揺れた髪も、ルナの逆に結った髪だった。リボンは黒。

しかし少しばかりつり目か。

「あ、おかえりなさい。早かったね」
「ただいま、リナ。あ、あのね  
「明日旅にでも出るの?」

「えぇぇ!?」ルナがビックリして肩から提げていたカバンをずり落とす。

そのあからさまな姿を見て、クスクスと悪戯っ子の様に笑う。

「お姉ちゃんは分かりやすいんだよ」
「そ、そうなの!?」
「うん」

似ているのは見た目だけらしい。中身は冷静で落ち着いていて、ルナよりも幾分か賢そうだった。ルナの頭が悪いという事では無く。

「そ、そっか。じゃあ、用意してくるね」
「あ、お姉ちゃん。ここのポケモンは連れていくの?」

先程のポケモンはこの家のポケモンだったのだ。驚きな事に。

「ううん。チュカとロコだけにしようかと思って」
「そう……」
「うん。自分の手でポケモンを捕まえようと思って」

そう、図鑑を眺めながら淡く微笑んだ。

「? ……何、それ」
「ん? あのね、ポケモン図鑑って言ってポケモンのデータが記録していけるんだって!」
「何それうさんくさ」
「リナっ!!」

「こら!!」とルナが怒ると、リナは困った様に眉を下げた。

そんな事言われても、何度見てもうさんくさ、としか言い様が無かった。だから自分悪くない。

「……とにかく、用意してくるね」
「……ん」

去り際に見たリナの顔が、浮かないのは気のせいだろうか。


* * *



「ふぅ、終わった。……ロコ、そんなにポケモンフード入らないよ?」

ロコがポケモンフードをカバンいっぱいに詰めようとしているのを見て、呆れた様に言うルナ。脇にいるピカチュウも呆れ顔。

ロコンはと言うと、耳や尻尾を垂らして悲しんでいた。

困ったな、と思っていると救いの声が下から聞こえてくる。

「お姉ちゃんご飯出来たよ〜」

それを聞いた早々、ロコンが下の食卓へと物凄い勢いで降りていく。

やれやれ……。ルナ、そしてピカチュウはため息を吐いた。


* * *



「はい、どうぞ」

リナがコトリとルナの目の前に置いた料理からは鼻をくすぐる良い匂いが立ち込めてくる。

これが子供の作る料理なのか、と人の事を言えない位の料理上手が思う。

よく見たら、自分の大好きなポテトとニンニクのグラタンだった。

しかもこのポテトとニンニクのグラタンはホワイトソースもチーズもマカロニも不要という簡単レシピ。ニンニクとローズマリーが香る大人な味だったりする。



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