そこはポケモンリーグ本会場。

もう予選が始まっているのか、防音がされているのにも関わらず、歓声が受付付近にまで届く。

「別に出場しないけど……応援くらい、いや、うーん……」

会場へ続く廊下に足を踏み入れたり、受付付近に戻ったり、うろうろと落ち着かない。

彼の全身は黒で占められ、顔が爽やかな少年でなければ怪しい人物として確保されてしまうだろう。

それを考えてか、彼のフードの中に入ったピカチュウはやれやれと肩をすくめている。

「あー、でもな……いやいや応援はするべきだろ……」
「そこでなにをやっている」
「え?」

背中から声変わり途中の声がして、すぐさま振り返る。

そこにはウニやらハリセンボンやら栗やらを想像させる栗色の髪を持つ、自分と同世代辺りの少年が訝しげに腕を組みながらこちらを見つめていた。

そして思い出す。ああ、ルナと同じ図鑑所有者のグリーンって奴か、と。

「なんだ、剣山か」
「は? それはもしかしなくてもオレの事か?」
「あ、違います、だからそんなに睨まないで下さい」

冗談のつもりが、シャレにならなかったのかグリーンは視線だけで相手を殺せるんじゃないかという位に睨んでくる。

流石に焦ってすぐさま前言を撤回する。

「お前は誰だ」
「いやー、それは企業秘密というか」
「……わかった」
「ちょ、待て! 黙って通報しようとすんな! あ、いや、しないで、お願い」

近くの公衆電話に歩み寄り「110」と打ち込んだのをしかと見てしまい、すぐさま止める。

今度はこっちがシャレにならない。

「じゃあ名乗れ。名乗れないなら……」
「わかったわかった。そうだよな、最近じゃどんな敵役でも自分から勝手に名乗るもんな、うん。  お前気短いな! 通報再開するなよ!」
「早く名乗れ」
「わかったよ……冗談の通じない奴……って言ったら通報再開しちゃうよな、うん。わかってたよ」

涙目になって剣山……もとい、グリーンの手を強く掴んで通報を止める。

思わず減らず口を言うのは癖なんです勘弁して下さい。

「いい加減名乗れよ」
「へいへい……リュウだよ」
「! ロケット団か!!」
「はい!?(なんで知ってんだよ!!)」

レッドといい、なぜ自分の正体が一発でバレるのだ。

まぁ、どうせマチスキョウナツメいずれかに聞いたのだろうが。

「人違いだ! オレはただの青少年だって」
「オレにはただの怪しい男にしか見えないがな」

心の中で舌打ちをする。なんでよりによってこんなに騙しにくい男なんだ。

「ん?」

ガタガタと腰のボールが暴れる。

見てみると、ガルーラのボールだった。

なんだか大人しいガルーラらしくない暴れようだ。

「ちょっとタンマ」

グリーンに向かって手を突きだしながらボールからガルーラを出す。

「どうしたんだよ、パンチ」
「! そのガルーラは……」
「知ってんのか? って、うお!?」

なんだか驚いたように目を見開くグリーンに尋ねると、ガルーラがグリーンに拳を振るおうとしていた。

「待て、パンチ! どうしたんだよ!」
「くっ、ストライク、受け止めろ!」

グリーンがストライクを出し、ガルーラの拳をクロスさせた両腕で受け止めた。

本当に珍しい。ガルーラが命令を聞かないなんて事今までに一度だって無かったのに。

「お前、パンチになんかしたか?」
「……」
「……無言か」

だがこれも一つの返事。

黙ったという事は肯定の意を示している。

「……そういや、こいつはトキワの森で捕まえたんだが、なんかお腹付近が炙られてたな」
「……やはりあいつはトキワの」

わざとグリーンの口から決定打を得る為に言うと、案の定反応を示してきた。

あの時炎で、子供が毒を食らっていたガルーラを捕まえようとしたのは間違いなく、この目の前にいるグリーンという事だ。

「まだ根に持ってるみたいだな」
「……」
「こいつは優しいから謝れば許して貰えるかもなー……なんて」

グリーンが謝る訳が無いか、という言葉は心中に納めた。

「……」

しばらくしかめっ面でガルーラを見つめると、グリーンがガルーラに近付いていく。

ガルーラがそれに気付いてストライクの隙にパンチを埋め込み、倒れた間にグリーンに殴りかかろうと、拳を後ろに振りかぶる。

思わずハッとしてしまう。このままではグリーンが危ない。

それにフードの中にいたピカチュウも気付いたのか、頭に飛び移って頬袋からパリパリと電気を出し始める。

グリーンは依然として歩みを止めなかった。

そして躊躇無くガルーラがグリーンに向かって振りかぶった拳を降り下ろした。



  悪かった」



ビタリ、と止まるグリーンの頭上すれすれに下ろされた拳。

見るとグリーンが頭を下げ、目を瞑り、真剣に謝っていた。

それを見てリュウが静かにピカチュウに電気を放つ事を止めさせた。もう、必要無い。

「気付かなかった。お前の子供が毒に犯されていたなんて。ハンデのある相手に、オレは一方的に勝負を仕掛けていた」

  ハンデのある相手に勝ったって、嬉しくないじゃん。

あの時、その言葉が分からなかった。

だが、今なら、分かる。

「すまなかった。謝ったからと言って、オレの過ちは消えないが、どうか許して欲しい」
「顔をあげろよ、グリーン」
「! なぜオレの名を……」
「情報屋嘗めんな。お前の恥ずかしい過去も把握済みだ」
「……」

より一層訝しげに眉を潜めたが、気にはしない。

「パンチ、許すよな?」

まだ拳を降り下ろしたままのガルーラに笑いかけると、ガルーラは拳を下ろした。

そして、グリーンに近付き、笑顔で頬を舐めた。

「ほらな、だから安心しろ!」

ニッ、と笑ってみせる。

すると少し目を見開いた後、グリーンが淡く微笑んだ。

これにはきっとそこら辺のレディ達が卒倒してしまうだろう。

しかしリュウはレディでないので関係無い。

「……礼を言う」
「? 何でだ?」
「実を言うと、少し気になっていた。こいつの事が」
「……そか」

すっかり気を許してじゃれるガルーラを撫でながら、グリーンは口を緩めた。

「そろそろ予選始まんじゃねぇか?」

微かに会場から聞こえる放送に、そう言うと、グリーンは「そうだな」と言って会場を見つめた。

リュウはガルーラをボールに戻し、腰に付ける。

「んじゃ、頑張ってこいよ」

グリーンに背を向け、歩みながら手をひらひらと振った。

それが逃げる行為だとかグリーンは気付いていたが、何も言わずに見送った。

「……さて、行くか」

もう、ハンデのある相手に、戦ったりはしない。


あの時の自分にさよならを
(あの時の自分はまだ、)
(謝罪なんて知らなくて)

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