ルナは一人、待ち合い室で膝を抱えていた。 今、待ち合い室は決勝戦を残すのみなので、誰もいなかった。 がらんどうな待ち合い室の静寂が耳に痛い。 被ったバスタオルを引っ張って身体を覆い尽くす。 身体の冷たさを感じると同時に、心の冷たさも感じさせられる。 六年前の、あの時の感覚に似ていた。 しかし、六年前と今の自分は変わったんだと、はっきり分かることができたから。 だから心がふさがる事は、無かった。 その時、キィという音をたててドアが開いた。 ルナの肩がビクリと跳ねる。 「……試合、始まっちゃったよ」 可愛らしい声にしては大人びた、凛とした雰囲気を出している。 リナだった。 バスタオルを被ったまま、ルナは振り向いた。 リナはルナの顔を見て、衝撃を受けたように目をむいた。 「……何で泣いてないの」 ルナの顔は、目が腫れていて頬も赤かったが、涙が落ちた様子なんて全く無かった。 まるで、泣くのを必死に堪えた様な 「何で、って?」 「ホントは、凄く悲しかったんでしょ!? 図鑑を、誰より大切にして、楽しそうに図鑑の機能の素晴らしさを私に話してたじゃない!!」 「 唇を噛むルナ。シワが寄る眉。 「なのに、何で、あんなに鮮やかに笑って見せるの!? 何で、棄権なんかしたの!? ねぇ、何で……?」 「リナ……」 両手で顔を覆って、声をくぐもらせるリナ。 腕に水滴が流れ落ちるのが見えた。 ルナは、リナが泣いている事に気付いて悲しそうにする。 そして顔を覆っていた手を優しく掴む。 「私ね、思い出したの」 「……え?」 「この向日葵みたいな色の髪はね、お母さんから受け継いだものなの。お母さんは言ってた」 日溜まりの中、ルナの母はルナの髪に触れて言った。 『向日葵色の髪の毛の女の子はね、向日葵のような笑顔が一番似合うの!』 そう、無邪気に向日葵のような笑顔で笑う。 「だからね、ブルーの泣いていた姿を見て思ったの。泣きたい時こそ、向日葵のような笑顔でいようって!」 清々しい向日葵のような笑顔を浮かべて見せる。 不思議と見ているだけで切ない反面、癒された気がした。 リナはルナの言葉に何も言えないでいると、ルナはリナを抱き締めた。 ルナの濡れた髪の毛がリナの頬に張り付く。 ルナの胸の中は、冷たかったが良い匂いで、何よりお母さんのような温もりを感じた。 「私は、マサラのトレーナーじゃないから。でも図鑑だけは手渡したかった」 「……」 「今まで、図鑑所有者でいれて……良かった!!」 腕に力がこもる。 それでも表情は笑顔のままだった。 「私、お父さんの言ってた真っ白な旅路≠ずっと歩みたいと思ってた」 ルナの父は汚れが無い人達に囲まれて、自分も汚れが無く、笑顔が絶えない旅路を真っ白な旅路≠ニ名付けていた。 「でも私はちゃんと歩んでたんだね、真っ白な旅路≠」 思い返すと、ルナの旅路は辛い事や悲しい事もあったが、楽しい事で溢れていた。 レッドやグリーン、ブルーに囲まれて、ルナに笑顔は絶えなかった。 「私はずっと、成長できないままなんだと思ってた。部屋に引き込もって、現実の辛さから目を逸らしたままなんだと思ってた」 可愛がられていたルナは、現実なんて楽しい事しか無いものだと疑わなかった。 しかし、そんな時に両親の死によって突き付けられた現実の辛さを、これ以上味わいたく無いと膝を抱えて、心を閉ざしていた。 自分の心の弱さに絶望もした。嫌気もさした。 それからはロケット団の名前を聞いたり、両親の事を思い出したりすると、両親の目の前での死が夢に出てきさえした。 「でも、そんな私にレッドやグリーンさん、ブルーが希望の光をくれたんだよ」 特にレッドが希望をくれたな、なんて思うとさっきまで冷たかった心がじんわり温かくなってくる。 「私も……そんな旅路を歩めるかな?」 「えぇ、きっと歩めるわ、リナなら。忘れがたい旅路≠」 リナが弱々しく抱き締め返すのを、和ませた目で見ていた。 旅路の空 抜けるような青空と 眩いばかりの白雲に 誘われるように一歩 踏み出したあの日を 今でも、 鮮明に覚えている 旅立つことを決めたのは 変わりたいと願ったから そんな小洒落たポエムなんかを心の中で作って、少し恥ずかしさに顔を赤くした。 「お姉ちゃん、二人の試合、見に行こうよ」 「……うん」 淡く微笑んだかと思えば、「あ、ちょっと待って」と言ってキュウコンを出す。 「ちっちゃく鬼火=I」 すると小さな火種がキュウコンの一本の尾につく。 その小さな火種はルナの濡れた服を、乾かしていった。 「ふー、こんなものかな! 行こ!」 「強行手段すぎ……」 リナは溜め息を吐くしかなかった。 ←|→ [ back ] ×
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