二人は構えてボールからポケモンを出す。

ブルーはプリン。ルナは  オニスズメ。

その面子に、周りがざわめき始める。

「おい、あの子…」
「大事な試合にプリンなんか出したぞ」
「あの子オニスズメなんて今まで出してなかった気が  ?」

レッドはブルーがプリンを出したのは、作戦だと理解した。相手を油断させるいつもの戦法だと。

しかし、

(ルナが出してきたオニスズメって……!? ルナはオニスズメなんて持ってなかったはず……)

レッドはルナを見つめる。

その眉にはシワが寄っていた。

一方、ブルーは目を吊り上げて、冷や汗をかいている。

「ちょっとルナ〜。…オニスズメはないんじゃない? 仮にもポケモンリーグ準決勝よ」

ルナは何も答えない。

代わりにニッコリと眩しい笑顔を浮かべるだけだった。

それは会場の人達の何割かが見惚れてしまうような。

しかしリナは胸を締め付けられた。

「いいわ…本気出しちゃうから!! ト…ラ…イ…」

プリンが三角形の箱に包まれ、そのてっぺんに光が集中的に集まる。

「アターック!!」

そこから光線がオニスズメに放たれる。

真っ正面からまともに攻撃を受けてしまう。

オニスズメは煙に包まれた。

「ホホ。アタシは予選をすべて一撃KOで勝っているのよ、ルナ」

語尾にハートを付けてそう言うが、ルナはニヤリと不敵に笑う。

オニスズメはそのまま凄いスピードで向かっていく。

「みだれづきっ!!」
「うわたたた」

頭を抱えてしゃがむブルー。どうやらブルーも突っつかれたようだ。

「ちょ、ちょっと! ズルイじゃないのぉ!う…うたう=v

プリンが歌い始める。

その音波に、オニスズメは焦っているようだ。

観客は、その歌に身体を傾ける。

ただ、グリーンとリナはいつもの通り平気そうにポーカーフェイスを保っている。

「ゲ…ね…ねみい。ズルイのはおまえだよ!!」

レッドが眠そうに目を擦っている。

オニスズメはというと、余裕で音波を払いのけた。

「…歌声が…届いてない。飛行タイプの相手にはスピードが足りないんだ!!」

驚いたようにリナが少し先にいる、頭も性格もツンツンした緑の男を見る。

いつのまにいたんだ。

「え…えい! ええ〜い!!」

何度も何度もプリンのトライアタック≠オニスズメに放つも、なかなか当たらない。

思わずレッドは叫んでいた。

「バッカ! 何やってんだ。空中戦に切り替えろ!」

いつのまにかブルーは追い詰められていた。

「ブルー!! はやく!!」
「……べないのよ」
「え!?」
「飛べないの!! もってないのよ!! 鳥ポケモンを!!」
「え゙え゙!?」

ルナは二つのボールを開いた。

中からはピジョット、ドードリオ。いずれもルナが持っていなかったようなポケモンだ。

「飛行ばっかり! ルナは知ってるのか!? ブルーの弱点を!」

ブルーがうろたえている内に、ルナは後ろに回り込んだ。

「いい、ブルー。人をダマしたり物を盗んだりするのは、どんな理由があっても悪いことだよ」
「!!」

優しく、ブルーを包み込むような、そんな口調で言った。

いきなりそんな事を言われて怖いものを見るような目でルナを見た。

ルナの表情は優しいが、どこか悲しげだった。

「ス…スキありっ!!かなしばり=I」

ルナの身体は動かなくなった。

実はルナが幽体離脱の次に体験したかった事なのだが今はそんな事どうでもいい。

「やってやろうじゃない! 空中戦!!」

そう言って、ブルーは腰のボールを外した。

「今よ!! カメちゃんっ!!」

甲羅にこもったカメックスが、ボールの中から出てくる。

そして、甲羅から手が出て、ジェットのように水が出た。

観客は目を見張る。

「え!?」

カメックスは足でブルーを掴み、ジェットのように吹き出す水によって宙に浮いた。

「ハイドロポンプ!!」

そう来たか、とルナはかなしばり≠ノよって固まりながら関心した。

「鳥をもってないからってナメないでね! ちょっと反則だけど…」

いきなりくるりと噴射口がルナの方に向いた。

「これがあたしの空中攻撃よ!!」

どんどんルナの身体が濡れていく。

息がしにくく、少し困った。

「あら、ルナ濡れるとエロいわね」
「ちょっ……!」

何を言うんだ、そう言いたかったが水で喋りにくい。

ブルーの言葉が聞こえたレッド、リナ、マサキは目を逸らした。

ついでにグリーンもわからないように目を逸らした。

『…空中からのハイドロポンプ…! 強烈な…攻撃だ!』

水が吹き出る音でナレーションが聞き取りにくい。

濡れて張り付いた服が重たい。

ブルーが勝利を確信し始めた時、ルナはニヤリと笑う。

「……オウムという鳥は……、相手の言った言葉をそのままかえす鳥です」

いきなり蘊蓄を語り始めたルナに、何が言いたいかわからないブルーは眉をひそめた。

「このオニスズメちゃんもオウムではありませんが、技で同じことができます」

クチバシが光りだし、

「オウムがえしっ!!」

光りで出来た壁を作り出した。

「反射や!! オニスズメが、エネルギーを反射する壁をつくっとる!!」

マサキの言葉通り、オニスズメの作った壁でカメックスのハイドロポンプ≠ェ跳ね返された。

「きゃあ!」
「あ…。HPが…」
(あんたは誰の味方なのよ)

リナはレッドの隣で肩をすくめる。

ドス!

ブルーとカメックスが地面に落っこちてしまう。

ルナは身体から水滴をたらしながら、ブルーに近づいた。

「ブルー、ごめんね……」そう呟くと、オニスズメがブルーへと飛んでいく。

ブルーは顔を強張らせて、後ずさった。

「あ…あ…。や…。こ、こないで  !!」

ガタガタと震え始めるブルー。

そんな彼女に観客はまたもやざわめき始める。

「やはりな、鳥がこわいかブルー」

それは遠くからの声だった。

観客席に立った、黒い包帯を巻いたオジサンから発せられた声だった。

観客は声の主を探すが、ルナは何の焦りも無かった。

「6年前……ある少女の両親が殺されたのと同じ時期に、マサラから5歳の少女が大きな鳥につれさられる事件があった」

黒い包帯を巻いたオジサンの言葉に、レッドとルナが眉を下げた。

リナはそんな二人とは違うところにハッとした。

(まさか……!)
「当時同じ歳だった孫がおったから他人事とは思えなくての。ずいぶん捜索に協力したから、今も姿をよく覚えとる」

そんな忙しい時期に、毎日家に訪れて来てくれていたのかと思うと、ルナは鼻がツンとして泣きそうになる。

黒い包帯を巻いたオジサンは、バトルフィールドに上がってくる。

「まさかその子がゼニガメを盗みに入って防犯カメラにうつるとは思いもよらなかったがね」

ズルリと黒い包帯を外すオジサン。

「あれは…! あの人の正体は…」
「あの人は…」

観客は好機の目で、黒い包帯を巻いたオジサンを見る。

「あんなに怖い思いしたんじゃ、鳥が苦手になっても、無理ないのう、ブルー」
「オーキド博士!!」

ブルーはオーキド博士を悔しそうに睨み付ける。

「…え…えい! カメちゃん! 水でっぽう!!」

スキをつこうとしても、ルナには通用しなかった。

オニスズメに目配せする。

するとオニスズメはオウムがえし≠した。

「きゃあ!」

カメックスのHPは0になってしまった。

『勝者、ルナ!!』

歓声があがるが、ルナは眉を下げて悲しげに微笑む。

「ああ…まけちゃった」

ブルーも悲しげな声で膝をつく。

「さあ、説明してもらおうか。ポケモンを盗むならほかでも手に入るものを、どうして私のところから盗みだしたんだい?」

やはりゼニガメを盗んだのはブルーだったのかと、レッドは目を伏せる。

泣きそうな目をしながら、ブルーはポツリポツリと話始める。

「…くやしかったの…。知らない…遠いところで…アタシ育ったわ」

それがどんなに孤独感を感じたか、ルナは両親が殺された時を思い返す。

「わかっているのは自分が生まれた町マサラタウンという名前だけだった…」

リナは遠くからブルーを穴が開くほど見つめた。

「あるとき、同じ歳のカントーのふたりの男の子と……私と同じ女の子が…ポケモンの権威オーキド博士からポケモンと図鑑をもらって旅立ったことを知ったわ…」

時折、ブルーはルナに悲しげな視線を送ってくる事があった。

自分と同じ歳で同じ性別が、図鑑を貰った事を知って、どんなに絶望した事だろうか  

「あたしだって」

ブルーは足に乗せた拳を握る。

「あたしだってマサラの人間だもの! 2人とおんなじことがしたかったのよ!!」

今まで見せなかった涙を、ブルーは浮かべた。

辺りはブルーの声だけが響いていた。

「博士にポケモンをもらって、図鑑をもって冒険の旅にでて…」

ルナは静かにブルーに歩み寄った。

その顔には、お姉さんのような大人びた笑み。

「ブルー、さっき言ったことを覚えてるよね。どんな理由があっても、人をだましたり物を盗んだりしちゃいけない」

ルナはブルーの手を優しく取った。

「もうしないと約束できるなら……」
「あ…」
「3つ目の図鑑。これで……ブルーも、マサラのトレーナーよ」

一瞬、図鑑を貰った事に喜びそうになるが、ブルーは子供のように不安な顔をする。

「ルナのじゃない、これ!」
「私ね、マサラのトレーナーじゃないの」
「え……」
「私はマサラタウンとトキワシティの境に生まれたの。そこはマサラタウンにもトキワシティにも属さない場所」

かがんでいた腰をあげるルナ。

ルナは笑った。晴れやかに、夏に咲く向日葵のように笑った。

その笑顔は、全く汚れが無く、見ただけで癒される笑顔だった。

「だからね、それはマサラのトレーナーであるブルーのものだよ!」
「う…う…。うわああーん」

六年前に、ルナがオーキド博士の胸の中で泣いた時のように、ブルーはルナの胸の中で弾けたように泣き始めた。

「ブルー……辛かったよね」

ルナは、ブルーが泣き止むまで微笑んでいた。





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