しばらくのんびりと二人で過ごしていると、ルナが突然何かを思い出したように立ち上がった。

「お姉ちゃん……?」
「忘れてた! 博士に頼まれていたんでしたっけ!」

つい癖で敬語になったルナが少し焦ったようにうろたえ始める。

ルナの癖も、うっかり屋な事を百も承知なリナは全く動じずルナを見上げる。

「何を忘れてたの?」
「わ、忘れてたわけじゃなくて、えと……」
「さっき自分でおもいっきり『忘れてた』って言ってたじゃない」
「あぅ」

言い訳をしようとするが、リナが鋭く突っ込んで何も言えなくなった。

「あの、最近トキワの森が変みたいで……」
「!」

ルナが側に置いておいたカバンを肩にかけながら、「トキワの森のポケモン以外が一杯いるらしくて……」と不思議そうに言う。

ドアノブに手をかけようとすると、突然後ろから手を引っ張られる。

反動で後ろを振り向くと、困ったような焦っているような顔のリナを目の当たりにする。

「トキワの森には行っちゃダメ……!」
「どうして?」

迷子の子に話しかけるような優しい声で訊ねる。いつも迷子になっているのはルナだが。

「どうしても」
「危ないから、ダメなの?」
「そういうのとはちょっと違うけど……」

少し目を伏せて悲しそうな顔で言いにくそうにしている。

ルナは掴まれていない方の腕の人差し指を唇に当てて考え込む。

「……わかった。行かない」
「! よかっ  
「その代わりトキワシティに行ってくる」
「な!」

ルナは、自分の腕を掴んでいたリナの手を両手で優しく添える。

「私なら大丈夫。それより、大事なトキワを守りたいの」

「お母さんのトキワも守りたいから」と淡く微笑む。

その微笑みは儚くて、見ているリナの方が泣きたくなった。

ルナに両手を添えられている手が熱くなってくる。

「それに、リナと初めて会った場所もトキワの森だったね」
  ッ!」

また、ズルいなんて思ってしまう。

そんな事を言われたら何も言い返せなくなるじゃないか。

リナが何も言えずにいると、ルナは添えていた手をゆっくり離した。

「行ってくるね」

そう言って、ドアノブを回してドアを開ける。

もう少しでルナは離れていってしまう。

ドアが閉まる瞬間、リナはギュッと目を瞑った。

「いってらっしゃいっ」

言ったと同時に閉まるドア。

聞こえたかどうかなんか、わからなかった。

ただわかる事は、今の自分には孤独感しか無いという事だった。


* * *



ルナはポケモン達をボールに入れて、トキワ生まれのピカチュウ以外腰に付けたらすぐにトキワシティへとにかく、ひた走った。

走っていけば、ルナの家からトキワシティまではさほど遠く無い。

トキワに着いたものの、どうすれば良いかがわからず適当に走り回っていた。

その時、誰かとぶつかってしまった。

「うわああ、すいませんすいません!」

ペコペコと何度も頭を下げるルナ。

どうやらパニックになっているようだ。

「あの……」

よく見ると、中華風の服を着たコラッタを抱っこした女の子だった。

さらさらの眩しい金髪に、ポニーテールが可愛らしい。

歳上に勢い良く頭を下げられて困惑しているようだった。

「ああ、ゴメン、ね!」

恥ずかしくて死にそうだった。

その時、少女はピカチュウに気付いたのか、ピカチュウを凝視する。

「ピカチュウ、珍しいの?」

そう言うと、自分はプルプルと首を横に振る。

「お兄ちゃんも持ってたなー、って」
「お兄ちゃん……?」

まさかと思い聞いてみると、予想通りの答えが返ってくる。

「レッド、ってお兄ちゃんだよ」
「やっぱり……。そのお兄ちゃん、どこに行ったの?」
「あっちだよ」

少女はルナの腕の袖をちょんと掴んで引っ張っていき、指を差す。

差された方向にはトキワジム。

(トキワジム? 一体トキワジムに何の用が?)

とにかくあっちに行こうとすると、周りの人達がおずおずと話しかけてくる。

「橋はずっと遠くにしか無いよ?」
「あ、大丈夫です。ゴンちゃん!」

トキワシティの人にはジュゴンが珍しいのか何なのか、「おー!」とかいう歓声を浴びる。

ルナは川に浮いているジュゴンを逆向きにして乗る。

「少し危ないので、退いていて下さい」

言われた通りに退くと、ルナは安心したように前を向く。

「よし、ゴンちゃんハイドロポンプ=I」

ジュゴンはハイドロポンプ≠ェジェットのような役割を果たし、凄いスピードで川を渡っていく。

向こう岸に着くと、ルナは軽やかに飛び降りてジュゴンを戻すと、トキワの人達に礼儀正しくお辞儀する。

「今日は凄い人ばかり来るな……」

なんてトキワの人達が呟いていた事をルナは知らない。




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