「んぅ………あれ?」

いつのまにかソファで寝てしまったらしい。

昨日ソファで読んでいて、手から滑り落ちた本が机にきちんと置いてあり、リナにも毛布が丁寧にかけてあった。

きっと、というか絶対的にルナがやってくれたのだろう。

リナは毛布をかけてくれた時のルナを想像すると、自然と微笑んだ。

むくりと起き上がり、服の乱れを直すと部屋から出ようとドアノブに手をかけると、バタバタという音が聞こえてきたかと思うとその音は徐々に大きくなっていった。

  まさか!

反射的にリナはソファの所に逃げ帰った。

バン!

勢い良く扉が開いてルナが飛び出してくる。

「な、なに  
「おはよう!」
「……」
「え? 何、どうしたのリナ」

何事かと思い、焦った時にルナの陽気な挨拶が聞こえてきた。

思わず意気消沈してしまう。

ルナは頭の上にハテナを沢山浮かべて不思議そうな顔をしている。

また、何か急を要する事があったのかと思ったじゃない」
「あ……ゴメン」

また、というのはルナがロケット団のアジトに向かう時の事だった。

「あの時は寿命が縮まるかと思ったわ……」

リナがその時の事を反芻するように明後日の方向を見つめた。

あの時のリナは、ダージリンを飲みながら、これまたリナの歳では読めないような小説というか書物を優雅に読んでいた。

三時になり、振り子時計が三時という時間を報せる音を鳴らした。

「あら、おやつの時間だわ」

なんて呟いて、昨日作ったブルーベリーチーズケーキを取りに行こうと、ドアノブに手をかけたときだった。

バタバタという音が聞こえてき、しかもその音はだんだんと大きくなっていった。

いつもなら、ドアを開けて「誰だ!」と言いに行くのだが、なぜだか反射的にソファの所に逃げ帰ってしまった。

バン!

物凄い音をたてて入ってきたのはルナだった。

なんでこんな所に、なんて問う事も出来ずにいると、ルナがずんずんと自分に近寄ってくる。

「な、なに  
「ゴメン、リナ。一刻を争うの、力を貸してくれないかな」

そう言って、リナがイエスともノーとも言っていないのにも関わらず、花畑に手を引いて連れ出す。

相当切羽詰まっている事を理解すると、文句も言わず黙ってついていった。

花畑に着くと、ピジョットの前でルナが立ち止まった。

「貴女の力≠貸して欲しいの」

それにはさすがのルナの頼みでも、すぐにイエスとは言えなかった。

「どうして。お姉ちゃんなら私の力≠ネんか借りなくとも、野生のピジョットはお姉ちゃんを乗せてくれると思うけど」
「うん。きっと、乗せてくれるでしょうね。でも、それだけ」

リナが力強い眼でルナを見つめると、ルナもリナを力強い眼で見つめてくる。

力強いだけで無く、揺るがない瞳の輝きに、リナは眩しそうに顔をしかめた。

「降ろしてくれる場所がヤマブキだとは限らない。所詮、『野生』のポケモンなんだよ」

ルナはバッチを三個しか持っていない為、バッチの効力も意味が無いだろう。

「でも、貴女にはそれが出来る。……お願い、リナ」

力強くて揺るがない瞳をしていたのに、頼む時は途端に助けを求めているような顔になる。

リナはルナのそんな顔に心を揺さぶられる。

はあ、と深い溜め息を吐いて、

「……わかった。その代わり、耳を塞いでこっちを見ずに誰か来ないか見渡してて」

その言葉を聞いて、一層悲しげに眉を下げる。

しかし、せっかくリナが了承してくれたんだからと眉は下がっているが、笑顔で「うん、わかった……」と言った。

ルナは素直に、周辺全ての音が聞こえないように耳を塞いだ。

そして誰も来るはずが無いこの場所に、誰かが来ないか見渡す。

しばらくすると、肩を叩かれる。

「……終わったよ」
「あ、ありがとう! もう少しここに居たかったんだけど……ごめんね」
「ううん。頑張ってきてね」

お互い、すまなそうにしながら別れる。

今度あった時は絶対に笑顔で会って、笑顔で別れようと心で思いながら。


* * *



昨日の時点で笑顔で再会出来ているが、どうもぎこちなく一日を終わらせてしまった。

「あの時は、その、ごめんね……」
「こういうの止めよう? お姉ちゃんはマサラの平和の為に勇敢にヤマブキに行って無事に生還した。それで良いじゃない」
「……そう、だね! うん!」

一切の曇りが無い笑顔を見せるルナ。

本当に彼女は汚れの無い、真っ白で眩しい存在だと思う。

そんな彼女と自分は正反対で、羨ましくもあり、自分に嫌気がさす。

また、はたして自分はルナと一緒に居て良いのだろうかと。



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