そんな心温まるエピソードがあったにも関わらず、リナはぶすーっとしていた。

ルナはリナの様子に気が付く事も無く、楽しそうに旅路の記録を語っていた。

それは良い。ルナが楽しそうにするのは大いに結構だし、リナも楽しそうなルナを見ていると胸が一杯になる。

話の大半がレッドの話で無ければ。

「でね、その時レッド君の機転でオニドリルを倒す事ができたんだ! 凄いよね!」

ルナはつらつらとレッドの話を雄弁に語っている。

この話の終わりが一向に見えない。

しかもたまに話に出てくるリュウ君っていうのは、ルナが旅に出る前に髪の毛を置いていった男じゃないか?

その男はロケット団だと言うじゃないか。

(あれ、でも)

それだったらなぜあの時花畑にいたルナではなく、キッチンにいたリナを見ていたんだろうか。

そんな疑問が沸いてきて、リナは考え込む。

「リナ? どうしたの、そんなに難しい顔をして……」
「ん……、あ、いや。ゴメン、なんでもないよ」
「そう? それでレッド君は  
(ああ、もう。またレッド君か)

実はルナはレッドの事が好きなんでは無いかと、浮かびたくも無い考えが頭に浮かぶ。

絶対それだけは無い! あってほしくない!

と頭の中でその考えを振り払う。

後何時間レッド君(中心)の話を聞かなければいけないのだろうか  


* * *



「そういえば」

レッド君の話が終わった頃には蜂蜜色の光が部屋に射し込んでくる夕方になっており、慌ててルナが夕飯を作って食べた。

リナは自分が作ると言ったのだが、ルナがかたくなにそれをさせなかった。

その夕飯の片付けを二人でやり、たった今終わらせたところだ。

「何?」
「あの、白い服を選んでくれたのもリナだったね」
  ッ!」

ルナがとても大切な事を思い出したような、優しい表情で言うと、リナの顔は一気に紅潮した。

あの時ルナは寝惚け眼で、翌日には忘れていたのに。

わざとリナが、そうなるような状況下で渡したのだ。

まさかあの言葉も思い出してしまったのかとハラハラしていると、その通りのようで、

「あの時、『お姉ちゃんは白が似合うと思うの。だから白い服を着ていって』って言ってくれたんだよね」

今すぐ穴があったら入りたかった。

リナは言葉にならない奇声を発する。

「〜〜〜〜ッ!」
「なんで忘れていたのかな。あの言葉、凄く嬉しかったのに」

ルナの格好は、真っ白で汚れを寄せ付けない長い袖の服の上に、優しい黄緑色の短い袖の服を重ねて着ていた。スカートも同様に、真っ白な服だった。

黄緑色の服の方が目立つように見えて、白い服がルナにぴったりできちんと映えていた。

戦いで薄汚れているはずなのに、真っ白で綺麗に見える。

「わ、忘れてよ!」
「どうして? あの言葉もこの服も、一生涯忘れない宝物だよ?」
「なっ!? ……ズルい」
「え、え?」

何がズルいんだ、という顔でリナを見つめる。

リナは頬を膨らませて真っ赤な顔を背けている。

一歩間違えたら、リア充にも見紛いそうな二人だった。

「と、ところで! セキエイリーグとかいうのがあるらしいけど、お姉ちゃん出るの?」

話を反らす為に言うと、ルナはたちまちパアァッと花が咲いたように笑顔になる。

「うん! 出るよ! 楽しみ〜」

よし、話を反らすのに成功だ。

リナは密かにガッツポーズをする。

「お姉ちゃんなら優勝できるよ」
「無理無理! レッド君とグリーンさんとブルーもいるんだから!」

無理を連呼しながら、ちぎれるんじゃないかという位に首を振る。

相変わらず、本気で謙遜する。

そんなに自分の実力を卑下しなくたって良いのに。

そんな事をいつもリナは思う。

「でも」

晴れやかな、雨上がりの花のような笑顔を浮かべる。

「ポケモン達を信じて、最後まで頑張ってみたいと思う」

リナはかすかに目を見開かせる。

旅路を経たルナの言葉に、リナはルナの成長を感じずにはいられなかった。

今までマサラの研究所とハナダとタマムシのお嬢様の所くらいにしか行かなかったルナが、家を出て図鑑を持って旅をして、レッドグリーンブルーと触れ合った事によって成長した事実を、リナは嬉しく思う反面苦しく思った。

羨ましいし、なにより自分の知らない所で姉が劇的に変化した事が寂しく思えたのだ。

そういう時に必ず、自分は今までもこれからもずっと独りぼっちなんだと、自分の悪魔が囁いてくるのだ。

思わず耳を塞ぎたくなる。

しかし耳を塞いだらルナは絶対に心配してくれるだろう。

心配させないように、一生懸命自然に微笑んで「頑張ってね」という言葉を絞り出した。


成長した二人の感情
(人の成長は嬉しいだけじゃない)
(それを二人は思い知らされた)


20121209

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