レッドはロケット団との決戦後、とりあえずマサラに戻って支度をし直していた。

そして、支度を終えて適当にマサラの中をうろうろしていた。

「ふぅ、やっぱりマサラは平和が一番だな!」

腕をあげて身体を伸ばす。

あんな後だからか、マサラの平和に心を和ませる。

その時、誰かとぶつかる。

「あ、すいませ  
「邪魔なんだけど」
「は!?」

ぶつかったのは少女。

レッドから見て右のサイドテールを黒のリボンで結んだ、見た目は可愛い少女。

しかし問題はそこじゃない。

「そんな言い方はないだろ!? オレより小さいのに!」

そう、まだ少女は自分より二つ三つほど年が離れていそうな容姿だった。

気持ちが悪い位大人びた雰囲気だが、小さいからこそ見た目は可愛らしい。もう少し大きくなると、どちらかと言うとべっぴんさんになりそうだ。

「小さかろうが大きかろうが、あんたは私にとってただの邪魔者よ。敬意のある言葉なんて言えないわ」
「うっ」

この子はブルー並みに人を黙らせる、強者らしい。

「………悪かったよ」
「それで良いわ。……ところで」

つり目だがくりくりした大きな瞳が、一気に細くなる。

「トキワの森には近付かない方が良いわ。絶対」

「それだけ」そう言って、少女はレッドの横をすり抜けてく。

レッドは、少女の言葉の威圧に寒気がして、ただその場に立ち尽くしていた。

言葉だけでこんなに寒気がするなんて  

「やあ」

いきなりの事に驚いて勢い良く振り返ると、今度は黒ずくめの格好の、レッドと同じ位の歳の男の子が立っていた。

その目には冷たさが宿っていた。

先程の事もあって、レッドは震える身体を抑えて声をかける。

「えっと……」

見覚えの無い男の子に、レッドはどう対応したら良いかわからずに、依然として立ちすくんでいた。

「俺はリュウ」
「!! ルナが戦ったロケット団か!!」

レッドはリュウの名を聞いた瞬間に、腰のボールに手をかけながら飛び退いた。

しかしリュウは軽く両手を挙げて何もしない事をアピールする。

「ああ、いや。戦いに来たんじゃねーんだ」
「……は?」

首をかしげるレッドにリュウは少し唇を吊り上がらせる。

「赤ちゃんは、随分やんちゃな子供時代を歩んできたんだな」
「赤ちゃん〜?」

何を言っているんだ、コイツは。

しかしレッドがそんな訝しげに思っているのに気付きながらも、リュウは構わず話を続ける。

「ガキ大将に追いかけられると、ボールの形をした煙玉で逃げたり、川遊びをしていて、足をつってポケモンに助けられたり」
「な、何でオレの過去を……、っていうか、赤ちゃんってオレの事かよ!」
「それ以外に誰がいんだよ」

さも当然かのようにさらりと言うリュウにレッドは顔を殴ってやりたい衝動に駆られる。

「俺は、ロケット団三幹部の補佐として、四人の情報収集をしていたんだ」

薄く、悲し気な顔をするがレッドは気付く事もなく、首をかしげる。

それが、という顔だ。

「ブルーの過去も相当だが、ルナの過去はすごいぞ」
「どう……すごいんだよ」

聞いてはいけないと思いながら、やはり気になって聞いてしまう。

リュウは無表情でレッドを見据える。

その瞳は、レッドの心を見透かされそうで恐ろしかった。

「……聞くか? 今を逃すと、ルナの口から過去を聞き出すまで数十年はかかるぞ」

確かに、ルナの口は固く、過去を聞けるのはいつの事になるかわからなかった。

「………聞きたい。ルナの事、もっと、知りたい」
「理由がなんか気に入らねーけど、じゃあ話すぞ」

話は、今から約6年前になる。

ルナの両親は、どちらもチャンプだった。

「チャンプ?」
「ポケモンリーグのチャンピオン常連だったらしい。それも二人共」

父は、汚れなき白のマサラタウンの純粋な心を持ち、

母は、永遠の緑のトキワシティの癒しの心を持っていた。

そういう所からも、二人は最強のコンビと言われていた。

そしてそんな二人から生まれたのが、純粋な心と癒しの心を兼ね備えた娘  ルナだった。

それはもう、三人家族は笑顔の絶えない幸せな家庭を築いていた。

三人の暮らしていた家には、三人の幸せを感じてか、自然とポケモンが集まってきた。

ミュウでさえも  

「ミュウ!? てことはやっぱりルナはミュウと関わりがあったのか!?」
「『やっぱり』?」
「ルナがミュウに呼びかけた事があるんだ」
「……なるほど」

ルナが五歳になった位の時に、だんだん幸せな家庭は崩壊へ向かっていた。

ロケット団がルナの家にミュウがいる情報を聞き付けた。

花畑のようになった庭で蜂蜜色の日差しを浴びて三人とミュウは遊んでいた。

そんな時、信じられない出来事が起きる。

ルナは四つ葉のクローバーを探していて。

それを渡そうと顔を上げた瞬間に、二人の胸を貫く毒針=B

何が起こったかなんて、わからなくて。わかりたくなんかなくて。

ルナは倒れている両親を何度も揺さぶった。

それでも起きなくて、溢れてくるのは両親の血と、自分の汗と涙で。

ルナは揺さぶるのを止めると、凍ったように固まっていた。

ミュウはその間に、ルナを助ける様にロケット団の気を惹き付ける為に飛び去った。

当時、ルナ邸にはメイドやお付きの者がいた。

異変に気付いたメイド達は庭に出るなり、悲鳴をあげた。

ショックで目を開けたまま気絶していたルナはメイド達の手によって部屋へと運ばれた。

その日からルナの精神は不安定になった。

何も食べなくなり、何も喋らなくなった。

夜は薬なしでは眠れなくなり、たびたび体調を壊した。

もともと体は弱かったが、精神が不安定になった為か、息が荒くなったり、頭痛を訴えたり、激しい嘔吐に襲われたりした。

ルナの目は、もう涙を流すことを忘れていた。

ルナは心も体も、疲れきっていた。

そんな時、ある老人がルナの家を訪ねた。

「ある……老人……」
「覚えがある、って顔だな。……多分その予想は当たってるぜ」

父親がよく研究を手伝っていた博士、オーキド博士がルナを心配して訪れた。

オーキドは温かな手で、ルナの頭を撫でた。

最初は全くルナの心に響かなかった。

ただただ、からっぽでうつろな瞳でオーキドをじっと見ていただけだった。

それでもオーキドは研究の合間を縫ってルナの家に訪れて、頭を撫でながら世間話をした。

今日はよく研究が進んだだとか、グリーンが今日は苦手な野菜を食べただとか。

いつしかそれが日常になっていた。

ある日、オーキドがマサラの話を蜂蜜色に花畑が染まる頃に、し始めた。

『いいかい? この町はね、広い、広い世界の中で一番、ポケモン達が汚されていない場所なんじゃよ』

ルナの家の花畑に集まってきたポケモン達を見ながら、オーキド博士は優しくてやわらかい口調で言った。

『マサラの意味は白、汚れなき白という意味じゃ』

目を細めて、感情の無い表情のルナに笑いかける。

『ルナも真っ白で汚れが一切無い子じゃなあ』

その言葉に、ルナの表情が動く。

オーキドは驚いたようにルナをじっくり見てしまう。

今までルナの表情は全く動かず、手足が動く人形のようだった。

ルナのからっぽでうつろだった目に光が戻る。

『ルナ……?』
『本当に、私は、真っ白なのかな……』

枯れたはずの涙が、流さなかった分だけ一気に放出されるかのように流れてくる。

あらためて初めて聞いたルナの声や仕草に、オーキドはどうしたらいいのか戸惑っていた。

『私、パパとママの身体を揺すった時に、いっぱい、いっぱい血がついたの……』

そう言いながら震える両手を、その時の事を思い出しているのか、食い入るように見つめる。

『ルナ……』
『真っ赤で……怖かった! パパとママが……。そういうのもあるけど、私自身が真っ赤に染まってしまったみたいで……怖かったの』

震える身体で自分の腕を抱き締めて、蚊の鳴くような声で言った。

オーキドは、孫と同じ五歳程の子供がこんなに辛い思いをしている事に、胸が引き裂かれるような思いだった。

気が付くとオーキドはルナを抱き締めていた。

いきなり人の体温に包まれて戸惑うルナだが、身体が温まると同時に心が温かくなったような気がして、ルナはオーキドを抱き締め返す。

久し振りに感じた人間の体温  

いや、今まで感じていた温かい手に、ルナの心は保たれていたのかもしれない。

何かが弾けたように、ルナはオーキドの胸の中で泣きじゃくり始めた。

「と、まぁ、そんなとこかな……。その後、徐々に心身共に回復してったみたいだな」

いつのまにかベンチに座ったリュウは、脚を組んで遠くを見つめる。

レッドはその隣に座って、黙りこんでいる。

赤ちゃんには重かったか……、等と呟きながら独り言のようにぽつりぽつりと喋り始める。

「虫ポケモンが苦手なのも、そのせいだろうな。………まぁ、本人は覚えちゃいないだろうけどな」
「ルナの両親がいない事には薄々気付いてたけど……まさか殺されたなんて」

両親は良い人なんだと、向日葵の様な笑顔を浮かべた、あの夜のルナが頭に浮かんでくる。

あの時のルナは誇らしげで、凄く嬉しそうだったというのに。

「怖くなったか?」
「は?」
「ルナが、怖くなったか?」

リュウは、真面目な顔でレッドを覗き込む。

意外に整った顔をしてる。

そんな事を頭の片隅で思いながら、レッドはリュウを見つめ返す。

そしてこれでもか、という位爽やかに笑ってみせる。


「全然」


少し目を見開いた後、やれやれと言うように笑みを溢して溜め息を吐く。

「そうかい。この天然タラシが」
「は? え?」
「何でもねーよ」

リュウはウインディを出して、背中に飛び乗ってまたがる。

ひらひらと手を振ったと思ったら凄いスピードで去っていった。

去っていった後でもレッドはずっと立ち尽くしていた。

ウインディを出す前にリュウが呟いた言葉が耳に残って消えない。

「これで安心してルナを任せられる」

一体、どういう意味だったんだろうか。


歯車の狂った物語
(それは悲しい悲しい物語)


20121207

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