パズルガール | ナノ
 #03

 事務所内は八乙女芸能事務所とは比べるのが可哀想になる位にこじんまりとしていた。
 けれどそれが逆に奏の心を落ち着かせた。

「どなたかいらっしゃいませんか〜?」

 ひっそりとしていて人の気配は無い。
 けれど、鍵は開いていたし、勝手に入っては駄目だった……とかでは無いはずだ。きちんと前もって電話しといたし。

「ん?なんだろう。このもこもこ……」

 薄いピンクのもこもこに触れようとした瞬間、その物体が突然動き出した。

「わあっ!?」

 本当に唐突で、思わず勢いよく身を引いてしまう。
 そのまま後ろへと体が傾く。

──こ、転ぶ!!

 ギュッ、と目を強く瞑り、衝撃に備える。転ぶと思った瞬間とは面白いもので。今までの転んだ記憶と痛みが蘇る。あの痛みをもう一度味わうと思うと、後悔の念が浮かぶ。

(あ、れ……)

 ふわり、と。誰かに受け止められたような感覚に、ゆっくりと目を開けた。

「へあっ!?」
「うわっ!?」

 目の前に眼鏡をかけたイケメンさんが自分の事を抱き締めるような体勢で支えていて、つい変な声を出してしまった。
 イケメンさんもまさかそんな変な声を出されるとは夢にも思わなかったのか、驚きを隠しきれないでいた。

(イ、イケメンはがっくんで見慣れてるかと思ったけど……やっぱり駄目だ)
「おーい、お姉さん大丈夫ー?」
「あっ、はい。大丈夫、です」

 彼、IDOLiSH7なのは知っているが、なんという名前だっただろうか。

「ありがとうございます、助かりましたー」
「いえいえ、どーいたしまして。ところで、お姉さんこんな所で何してるのかな?」

 眼鏡をくいっと上げながら(恐らく癖だろう)不敵に笑みを浮かべる。

──ああ、考えたらこの事務所一度盗難騒ぎが起こったんだから警戒するのも当然じゃないか。

「実は私、こちらの社長さんに用がありまして……」

 なるべく彼にこれ以上不審がらせない為にも軽やかに笑ってみせる。そんな上辺だけの笑みが彼に通じるとは思えないけれど。

「──って、」

 はっ、とする。

「すみません!!」

 未だに彼に支えてもらっていた事に気付く。まるで猫のように勢いよく彼の腕から飛び退く。

 その様子があまりにもおかしくて、眼鏡のイケメンさんは「ぷっ」と吹き出した。

「へ?」
「いいって、気にしないで。社長室まで案内するよ。丁度みんな今レッスンしてる所で、人全然いなかったろ?」
「あー、どおりで……」
「多分マネージャーが迎えるつもりだったんだろうけど、今演出について真剣に考えてたから、まぁ、忘れてんだろ」

 マネージャーがいるであろう方向を見ながら遠い目をする。

(…………あれ?)

 彼の表情に違和感を感じた。いや、違和感といえば違和感なんだが、なんというか……、

「どうした?」
「あっ、いえ……」

 違和感の正体がはっきりと分かる前に、その違和感が消えてしまう。今のは一体なんだったのだろう?

 かすかに胸のわだかまりを感じながらも、彼の後についていく。

「ん。じゃあここが社長の部屋だから」
「ありがとうございました!」

 ぺこりと頭を下げると「気にすんな」と眼鏡の向こうで目を細め、笑ってくれる。
 内心ほっとする。
 アイドルや芸能人でよくある、実は腹黒という噂が本当にあったりするのだが、彼はそんな事無いらしい。

 それが分かっただけで、ここにいる人達の人柄に安心が出来る。

「あー!大和さん!」
「マネージャー?」
(マネージャーさん?)

 ほう、彼女が例の楽の好きな子か。

 扉へと向けていた視線をそちらに向けると、噂のマネージャーが目に映る。
 うさぎのようにふわふわしている、というのが第一印象だった。

 これは確かに可愛らしい。

 まだ話をした訳ではないが、そのひた向きで、決して媚びている訳ではなく素直に優しそうな様子は同性の自分からしてもとても好印象だった。

「すみません!大和さんが案内してくださってたんですね!」

 ぺこぺこと何度も頭を下げる様子は、端から見ていてとても面白く、奏は大和と共に笑ってしまった。

「マネージャー、大袈裟過ぎ」

 こつん、と彼女の頭に手の甲を軽くぶつける。

 その表情を見て、奏は目を見開いた。それと同時に、先程感じた違和感の正体が分かり、心の中にあったわだかまりが解かれていく。

……ああ、なるほど。

「それじゃ、マネージャーさん、あとご案内してくれた方、また後程!」

 ぺこりと頭を下げ、改めて社長の部屋に入っていく。

(あの人、マネージャーさんの事が好きなのか)

 彼なりに抑えているつもりかもしれないが、滲み出る柔らかい雰囲気は誤魔化しきれていなかった。
 おまけに、初対面の自分と比べたらかなり温度の差を感じた。そういう温度の変化に聡いからかもしれないが。


(がっくん、これは万事休す?)



(マネージャーさん、)
(可愛かったなぁ……)
     

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